穏やかな風が頬を撫ぜ、少しの肌寒さを身に染み込ませられる。そのままあたしを通り過ぎた風は、少し先を歩く彼の髪にも戯れた。風通りの良い並木道は、その地に絨毯の用に敷き詰められた葉をも撒き散らかす。あたし達を巻き込んで通り抜けていった凩は、悪戯な惨状を残して去って行った。

過ぎ去った風を妬むように睨んで足を止めた彼は、後ろを振り返る。視線が交わるとふっと微笑を浮かべられた。不意打ちのそれに不覚にも胸が高鳴ったあたしは、それを紛らわし否定するように声をかける。



「アンタ髪に葉っぱついてるよ」
「げ、マジ」



赤橙がかった紅葉色の葉が一枚、彼の前髪より少し上に引っ付いている。先ほどの風のせいだろう、見当違いのところを弄ってるのを見兼ね、小さく溜め息をついたあたしは傍に寄って近付く。あたしより背の高い彼に若干の苛立ちを感じながら、精一杯伸びをして取ってあげた。

あたしの掌に収まったそれは、なんの葉かは分からないが綺麗な色をしており、思わず光に翳してみる。もともと葉自体が薄かったため、すぐに太陽によって乱射された紅葉が眩しくみえた。独りでに光を放っているような錯覚に陥り、思わず視線を落とす。そのあたしの奇抜な光景を、彼は不思議なものを見るような視線で投げかけた。

途端に気恥ずかしくなったので、あたしは彼の掌にそれを乗せてみる。なにかを問うような瞳に、先ほどのあたしと同じようにしてみろと教えると、怪訝そうな表情を浮かばせた。まるで不審者を見るかのような目線に心の中で失礼なと突っ込んでみる。



「いーから早くしてみなって」
「へーへー」



催促され、渋々といった態度に僅かな不満を募らせるが、光に翳した彼の顔を見た瞬間にその気持ちはどこかへいってしまった。たった一枚の葉によって表情が変わってしまう、そんな少年らしさを忘れさせないあどけなさ。しかもそれは彼の顔をもキラキラとしたものに変化させ、その顔にふと一抹の懐かしさを感じた。





「…どうした?」

そっと声をかけられ、はっと我に返った。気付けば目の前に泉の顔がドアップにある。ぼうっとしたあたしを心配して顔を覗き込んだのだろう、それにしたって近かった。スッと手を顔の目の前に突き出し、距離を図る。顔が少し赤らんでないかと心配になったが、また静かに風が流れて冷ましてくれたような気がした。チラっと隣を見やると、依然として視線を外さない彼に躊躇して蚊の鳴くような声で告げた。



「…懐かしいなと思って」
「なにが?」
「アンタの顔が」
「…はあ?」



心底意味が分からないといった顔に、ぷっと噴き出す。その態度にますます眉間に皺を寄せるから、またそれがおかしくて手を口に当てくすくすと笑ってしまった。わけの分らない泉は当然怒るわけで、笑い止まらないわたしの両頬をぎゅっと横に引っ張られる。



「ひょっ!ひひゃいっ」(ちょっ!痛い)
「お前がちゃんと説明しないからだろうが」
「ひゅる!ひゅるからひゃなひて〜」(する!するから離して〜)



…漸く離された頬を、酷く労るように摩る。あれは痛かった。女の子だからって手加減もされず、本気で引っ張られた。ひりひりと痛む頬に両手を当て、泉の顔を鋭く睨む。しかしそれはあまり効果がないようで、鼻で嘲笑われた。それが悔しくて、足で泉の脛を蹴ってやる。文句が飛んできたが無視してやった。



「なんかさー、泉の顔が高校のときと重なったんだよね」
「重なったってなにが?」
「部活動に打ち込んでたあんとき」



去年の高校最後の夏、部活動に精を出す球児たちがとても眩しかったあのとき。マネージャーであるあたしは、そのときのみんなの顔がずっと忘れられなかった。一つ一つの練習に打ち込んだり、声出しや、ボール拾い、ノック練習など。千代や後輩マネージャーと甲子園出場のために頑張って応援して、キャプテンの花井や阿部や栄口、他にもたくさんの部員と一緒に行ったミーティング。あたしたちを信じて道を教えてくれた監督や先生。なにもかもがかけがえのないもので、それはあたしの一緒の宝物だ。大学に進学して、今こうして泉とつるんでられるのも、高校のときのそれがあったから。

全てが大切で、全てが失いたくないもので、全部忘れたくない。なのに、あの泉の顔を見るまであたしは全て忘れてしまっていたようだった。なんで今まで忘れていたんだろう、あんなに大切で、ずっと忘れられないものだと思っていたのに。酷く淋しい感情を覚え、なんだか泣きたい気持ちになった。それを察したのか、泉がぎゅっと手を繋いでくる。驚いて俯いた顔をばっと上げた。



「なにを落ち込んでんのか知んねーけど、過去を懐かしいと思うのはいいことなんじゃねえの?」
「…ぇ?」
「オレたちは今を歩いてんだよ。過去を振り返ることはできるけど、やり直すことは二度とできねえ。でもオレたちが今までしてきたことは変わらねえし、過去のことがずっと頭の中に残ってることはない。だけど、ふとした拍子に思い出して、また前みたいにみんなで笑い合うことはできんだよ」
「っ。うん、」
「別に忘れることは悪いことじゃねえよ。寧ろ、これから先また思い出を重ねてくんだからさ、経験だよ、経験」



ニっと笑ってみせるその顔は、高校のときと全然変わらないものだった。でも、それは確実に大人びていて。嬉しい気持ちと哀しい気持ちが交差したけど、泉の言葉を思い出してあたしも笑った。繋がった手はとても温かいもので、酷く気持ちがいい。



「今度、部活内で同窓会でもすっか」
「それ賛成!」



泉以外のみんなとは進学先が別々になって、携帯で連絡を取り合うことはあっても会うことはなかった。だからみんなに久々に合えると思うと、それがすごく嬉しくてわくわくしてくる。田島は相変わらず元気かな、三橋は人見知り良くなったかな、水谷は水谷のままだろうか。考えただけで、まだ先のことが今から待ち遠しくて仕方がない。歩きながら、泉がさっそく携帯を取り出し、みんなに暇な日聞いてみるか、と既にメールを作成しながら言葉を投げかけられる。繋いだ手はそのまま、手をぶんぶん振るあたしは、今夜さっそく千代に電話してみようと思った。










さよならアイロニー
(今度は風があたしたちの声を攫っていった)
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20101017
企画「colleg」さまに提出。
遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした。
ちなみに泉とは友情夢を目指したつもり←

title;ストロベリー夫人はご機嫌斜め