恋愛なんて意味が分からない。あんなの一時の気の迷いじゃない。その時だけ浮かれて舞い上がって楽しいのかもしれないけど、後はどんどん急降下していくだけ。永遠なんて無いに等しい。なぜ世の人間達はそんな訳の分からない感情に恋い焦がれるのだろうか。別に恋愛しなくとも生きていける。一人で歩いていける。あたしは惑わされない。

「あの、私榛名くんが好きです」

あーあ、だから人の告白現場なんて見たくなかったのに。しかも告白している子はうちのクラスでも1、2を争う可愛子ちゃん。相手は同じくうちのクラスではイケメンの、それこそ学校内では知らない人はいないと言われるぐらいの野球部のエースピッチャー。

時間は放課後、部活動以外の生徒は下校している中、あたしは忘れ物に気が付き元来た道を歩いて自分の教室まで戻ってきた。そこまでは良かったのだが、なんと人様の告白現場に遭遇。忘れ物しただけでも最悪なのに、今日は不幸でしかない。あたしに覗きの趣味なんてないのだ。仕方なく教室の壁に寄り掛かりながら、事が終わるのを待つあたし。

「悪いけどオレ、今野球以外に興味ねぇから」

おっと、どうやらエースピッチャーくんは可愛子ちゃんを振ったようだ。不本意ながらも盗み聞きしていたあたしは、漸く終わったかとそっと溜め息をつく。だが告白した可愛子ちゃんは振られたのにも関わらず、尚もエースピッチャーくんに食い下がった。

「今は野球だけでも良い。絶対私に振り向かせてみるから」

端から見ればしつこいこと極まりないが、男子から見ればこんな可愛子ちゃんにこんな可愛いことを言われたら落ちるに決まってる。性格はそう悪くはなさそうな子だったが、狙ってやってるんだったら相当小悪魔だ。あたしには一生掛かっても絶対にできない芸当だと思う。だがしかし、榛名はあたしの予想を上回る言動をとった。

「はあ?お前みたいな上っ面しか見てねぇような女なんざ、興味ねーんだよ失せろ」
「っ…な……!」
「わぉ…」

素直に驚いた。思わず声が口から漏れてしまったが、小声だったので問題ない。それから、最低!と罵声を浴びせる声と共に教室のドアが荒々しく開かれ、廊下を走り去って行く可愛子ちゃん。あたしは体重を掛けていた体を持ち上げ、開かれたドアからひょこっと顔を覗かせる。そこには依然としてエースピッチャーくんが立っており、バチッと目が合ってしまった。

「あー…ども」

なんとなく居たたまれない気持ちになり、あたしは早々と自分の机へと向かう。中から目的の物を見つけ、鞄の中へと仕舞った。それからすぐに踵を返し早く教室から出たかったのだが、あたしが教室に入ってからずっと強い視線を感じているので、思わずその先に目線を向ける。またもやエースピッチャーくんこと榛名と目が合ってしまった。

「えっと…なにか用?」
「お前、ずっと教室の外にいただろ」

断言かい。疑問符がついてない時点でバレてるよねこれ、あはは。

「あー…うん、ごめん。聞いてた。教室に忘れ物したからさ、なんか入りずらくて」

ははっと、渇いた笑い声を出す。思ったけど、なんであたし今ここで弁解してるんだろう。あたし悪くないよね、これ。うん。たまたま居合わせた、更にタイミングが悪かっただけの、寧ろ被害者だよねこれ。それなのに、なんで今あたしコイツに睨まれてんの?

「立ち聞きなんて悪趣味だな、お前」
「(言うと思った…)人の話聞いてた?好きで立ち聞きしてた訳じゃないんですけど」
「でも廊下で聞いてたんだろ?」
「あのねぇ…誰が好き好んで人様の告白現場に遭遇するわけ?あたしはそんな趣味ねぇわ。勘違いしてんじゃないっつーの」

思わずイラッときて暴言を吐いてしまったが、後悔はない。あたしの発言にツリ目を見開かせ、ポカンとする榛名。その表情は普段と違って幼げで、只でさえ大きいツリ目が更に大きくなりなんだか可愛らしい。だがそれはすぐに機嫌の悪そうな表情へと変わり、睨みをきかせてくる。あたしはそれに真正面から受けて立ち、睨み返してやった。
だがその睨み合いも、榛名が視線を反らし溜め息をついたことにより、戦意を喪失させる。

「…思ったんだけどさあ、榛名ってなんで彼女作んないの?」
「…あ?」

ふと、本当にふと興味本意を抱き、投げ掛けた質問。その問い掛けに対し、榛名は不機嫌さを隠さず声に苛立ちを含ませ応えた。

「お前バカ?人の告白現場見てたんだろ?今は野球以外に興味がねぇんだよ」
「いやだからさ、野球以外に興味ないってことは、女の子自体にも興味がないってことなの?」
「…どーいうことだよ」
「つまりはさ、榛名は野球にしか興味を示さないし、それ以外は眼中にないってことなの?」
「まあ…一応健全な高校生男子だし、興味がねぇっつったら嘘になるけど、今は野球だけで充分っつーか、他のことには興味を持たなくてもいいんだよ。だから、告白とかは冷たく断ってんの。そうすりゃ、すぐに他の男に乗り換えんだろ?」
「ふぅん」

あの授業中は睡眠しかしていない、テスト前に一夜漬けしてギリギリの点数を競うようなバカが、こんなマトモなこと言うなんて以外だった。確かに、あたしは一年の頃から榛名のことは知ってるし二年続けて同じクラスだから、彼女ができたことがないと言うのは知ってたけど、ちゃんと考えがあったんだなって不覚にも感心する。無下に女の子をあしらって振っている訳じゃないんだなと、理解した。

「…そーいうお前はどうなんだよ、彼氏ができたって話は聞かねーぞ」
「ご心配なく、あたしは恋愛自体に興味がないからいいの」
「はあ?」

心底驚いた、バカにしたような返答に若干の苛立ちを感じる。だが無理もない、誰だってみんなあたしの意見を聞けば大抵は同じ反応を見せるだろう。榛名の反応にこんなに苛つくのはなぜか知れないけど。

「どーいう意味だよ。…あ、まさかお前、レ「それ以上言ったら殴るよ」…悪い」
「全く…あのねぇ、あたしは恋愛とか恋とかそう言った感情自体に興味がないの!理解できた?」
「あぁ?お前、それおかしくね?普通高校生とか、そんくらいの思春期には興味あるもんじゃねーの?」
「なによ、アンタも興味なかったんじゃないの?」
「いやだからそれは、今は野球で手一杯だから視野を向けないようにしてるっつーか…って、なんでオレお前に弁解してんだ」
「…?アンタさっきあの子を振ったじゃん。なんか矛盾してるけど」

さっきの立場が逆転し、寧ろ榛名は頭を抱えだす始末。どうしたんだろう。心なしか頬が赤らんで見えるのは気のせいか?

「ん、まあ、オレの話はもういーんだよ。終わったの!それよりお前だよ。ちょっと一女子としては変わってんじゃね?」
「そうかなぁ。なんだろ…あたしさ、あの一時の浮わついた自分が嫌なんだよね。なんつーの?心の中を誰かに掻き回されたり、住み着かれんのが嫌なの。ムカつくの。そしてその自分の感情をコントロールできなくなんのが嫌なんだよね。自分の意思と反発し合うのがさ、想像するだけでもかなり嫌なのに、実際にそうなったらって考えると寒気が立つんだよね」
「…相当重症だな。普通、お前ぐらいの年の女は考えなさそうだぞ」

かなり呆れられた表情で溜め息をつかれる。でもあたしだって、好きでこんな風になった訳じゃない。

グッと、あの時の事を思い出し、机についていた手に拳を作り、膝の上で握りしめる。榛名と合わせていた視線を下げ、自然と俯いた。なぜか無性に淋しくなる。

「…あたし中学の時に酷い失恋してんだよね。それがトラウマでさ、なんか難しく考えこんじゃうの。ホントはさ、普通の女の子みたいに恋したい、彼氏が欲しいって思うけど、それと同時に怖いんだよね。いつか来るかもしれない別れが。永遠なんてない、ずっとその人と一緒にあるとは限らない。寧ろ、誰かと一生添い遂げるなんて無いに等しい。そう考えると、あたしは恋愛より友情を選ぶ。…結局はただの臆病者なのかな」

あれ、なんであたし榛名にこんなこと喋ってるんだろう。今までずっと、誰にも言わずにひた隠しにして、一人でずっと考え込んでいた悩みを、どうして今打ち明けているんだろう。不思議と気持ちが楽なのは、どうして?

ふと、さっきから返事をしない、黙ったままの榛名に視線を向ける。そこには、恐ろしいくらい真剣な顔をした彼が、綺麗な夕焼けを背に立っていた。思わずドキリと、胸が高鳴る。それと同時に恐怖が身を包んだ。こんな顔をした榛名を、あたしは初めて見たかもしれない。自分の机の上に座っていたあたしの元へ、一歩二歩と歩みを進める影。あたしは金縛りにあったみたいに、なぜか動けなくなってしまう。

そっと、榛名の骨ばった厚い大きな手が頬に触れる。柄にもなくビクッとしてしまい、フッと声に出さず表情だけて笑われた。でもそれは決してバカにしたものではなくて、なにかを慈しむようなそんな微笑みだった。

「オレがそのお前の信条を曲げてやろうか?」
「…は?」
「オレがそのネジ曲がったお前のひねくれた性格を受け入れてやろーかって言ってんの」
「な、なに言…っ!?」

気付いた時には榛名のそれがあたしの唇に触れていた。突然の事にあたしの思考回路は停止し、プスプスと回路から煙が出ている。今のあたしは完全になにも考え付かなくて、榛名のされるがままになった。

不思議とその時間は嫌じゃなくて、いつの間にか閉じていた瞼の裏に、ふと榛名の顔が浮かぶ。それはいつぞや見た、放課後の野球部の練習風景だった。キャッチャーミットに、大きく振りかぶりボールを投げる榛名。そのキラキラとした、野球を心から楽しんでいる彼に、目を奪われたあの日。

長いようで短い間交わしたキスは、窓から射し込む夕日の眩しさに重なるようにして離れた。未だに呆然としているあたしの頭に、ポンポンと掌を乗せる。あたしは思わず口元を手で抑えるが、その優しい重みに促されるように、漸く唇が動いた。

「な、なんなの、いきなり、そのっ…」
「キス、嫌だった?」
「そうじゃなくて!あたしの話聞いてた?聞いてたなら、なんでそんなことすんの!?」

顔が熱い。躯全身がビリビリと焼けるように火照っている。心臓が破裂しそうに蠢く。触れられている頭がカチ割れそうだ。

ふぅ、と溜め息をつき、榛名は撫でていた手の動きを止めた。なぜかそれに淋しさを感じる。もっとやっていて欲しかったような、止めて欲しかったような矛盾した感情。それに気付き、心の中で頭を振った。
そして頭を冷静に作動させる。しかし今の状況が理解できない。先程までのやり取りが、なぜ今どうしてこのような状態になっているのか。

そして撫でていた手を榛名は自分の元へと戻さず、今度は両腕ごとあたしの背中に回した。縮まった距離、触れ合う体温。ますますあたしの思考回路は混乱を起こす。躯が固まったように身動きができない、あたしの顔のすぐ横に榛名の頭がある。

「お前が、あんな哀しい表情するから」
「…?」
「誰かに助けを求めるような、泣きそうな顔したから。だからオレがそんなお前の壁をブチ壊したいって思ったんだよ」
「バカじゃないの…」
「バカはお前だろーが」

あたしを抱き締めていた両手が肩を掴み、そっと顔を上げる榛名と目が合う。それは先ほど見た真剣な表情と同じで、目を逸らせなくなった。



「いつまでもつまんねー意地張って、ホントはその壁を誰かに壊して欲しかったんじゃねぇのかよ。少なくとも、オレにはそう見えたぜ」



「…自信過剰」
「ンだとコラ」

気持ちとは裏腹に可愛いげのない答えをしてしまうあたしは、もう救いようがないのかもしれない。でも榛名の言う通りかもしれない。あたしは、誰かにこのどいしようもない意地を崩して欲しかったのかもしれない。その厚く高く聳え立つ塀というなのプライドであり臆病な心を、突き破ってくれる白馬の王子さまのような人を、ずっと待っていたのかもしれない。…まあ、白馬の王子さまにしちゃ随分イメージが違うけど。

「お前みたいな天の邪鬼な女は正直言って好みじゃねーが、そんなお前に惚れちまったんだ。責任取って最後まで付き合ってもらうぜ。永遠の愛ってやつを誓ってやるよ」
「永遠、ね…そんなに自信があるなら、あたしを一生愛し続けてみせてよ。これでも飽き性な性格なの、あたしをずっと榛名に夢中にさせてくれるっていうなら付き合って上げることもない」
「は、可愛くねー女」

そう言って、また榛名はあたしに顔を近付ける。今度はすんなりと目を閉じて、重なり合う瞬間を待った。全く、榛名は大物だよ。今まで告白はそりゃ何回かあったけど、榛名みたいにしつこい男は初めてだ。でも、それがあたしには丁度いいのかもしれない。この俺様な性格に振り回されるのも悪くない。寧ろ、コイツだからこそあたしはずっと隣を歩き続けることができるかもしれない。

あの放課後の日から、あたしはこいつに惚れてたのかもね。今度は、あたしのためにキラキラ輝く榛名をみてみたいと思う。
唇が重なる瞬間、榛名の熱を帯びた囁きが、脳髄を甘く刺激した。

「好きだ、」






道化師の悪戯

(あたしはずっとこの瞬間を待っていたのかもしれない)

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100131企画「好きだ、」様提出。
加筆修正100201

私の恋愛観を余す事なく書き綴りました。でもまだ納得いくものじゃないから書き直すかも。
しかしやっぱり恋してる女の子は可愛いよ。私の恋は二次元だけで充分だ!


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