すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。鼻から冷たい冷気と言う名の酸素を吸い込み、口から二酸化炭素と混ぜて吐き出す。息を音に出して意識してみると、以外と面白かったりするのだ。今の季節は少し息をしただけでも白く濁り、やがてすぐに透明になって消える。息って儚いなぁっと突拍子もなくそう思った。


今日はお気に入りの紫色のマフラーを首にぐるぐる巻き付け、灰色の手袋を持ってきた。のに、悲しいかな片方の手袋を置いてきてしまった。きっと今頃あたしの机で寂しく相方を待っているに違いない手袋。今すぐ家に帰って仲良く一緒にさせてやりたいのは山々だけど、今のあたしはここでとある人物と待ち合わせしているのだから、あともうちょっとの辛抱だと片方だけの手袋を入れているブレザーのポケットをぽんっと叩いた。そしてブランコに座りながら手を擦り合わせ、時折息を吐き出しその場凌ぎの暖を取る。寒いのは苦手なので早く待ち合わせしている人物に会いたいのだが、こうやって相手を思いながら待っている時間を過ごすのも実はそんなに嫌いじゃなかったりするのだ。

ザリ。砂と砂利が混ざって足音と一緒に織り成す効果音。すぐに音がした方を見やれば噂の待ち人、泉孝介が立っていた。その姿はもちろん部活帰りなのだが、赤い鼻を隠しきれてない黒いマフラーがなんだが可愛らしく、手は学ランのポケットに突っ込まれていた。

「、孝介」

小さい頃によく2人で遊んだ公園で孝介を待っている間、話す相手もいなかったので1時間ぶりに声を発してみたが、予想外に声が掠れていて驚いた。それと同時に孝介が眉間に皺を寄せて大股で近付いてくる。あたしはその様子を孝介が目の前にくるまでぼうっと眺めた。数ヶ月振りに見た孝介は髪が少し伸びていて、顔色も夏休みに会ったときより黒さを増している。身長も伸びた気がして、以前よりも格好よくなっていた。いや、昔から孝介は格好いいけどね。なんか男前度が増したんだよ、顔は相変わらず女のあたしから見ても羨ましい限りですが。

目の前にきた孝介は眉間に皺を寄せたまま、ポケットに突っ込まれていた手であたしの両手を握り込む。あたしはなにがなんだか分からず、ブランコに座っていたので必然孝介を見上げた。孝介の手からじわりじわりと体温が伝わってくる気がして、あたしの手だけが少しポカポカしている錯覚に陥る。

「お前、こんな冷てー手になるまで待ってんなよ」

そう言って更に手に力を込める孝介。徐々に暖まってくる体温に、錯覚ではないことに漸く気が付いた。寒さにやられて思考回路が鈍っていたのか、少しずつ状況を理解してくる。そして今の状態がかなり恥ずかしいことに今更気付き、上げていた視線を孝介のお腹の辺りまで下げた。

「おい」
「…だ、だって今日だけは特別なんだもん」
「たかだか誕生日だろーが」
「たかだか、じゃないよ!あたしにとっては特別な日だもん」

幼馴染みでもなければ、クラスメイトでもない。ましてや恋人なんかでもなく、ただのイトコ。そのイトコと言う壁がどれだけ厚く遥かに高いのか、孝介は知らない。更に家も離れている上に通ってる高校も違うので、本当になにかと理由を付けないと会えないのだ。しかも孝介は野球部で毎日毎晩本格的な練習をしているから、その頻度は中学時代に比べてグンと減った。

「…どーせ孝介は他の子から誕生日プレゼントもらったんでしょ。女の子からとか女の子からとか…きっといっぱい沢山もらったんだ。だからそんなことが言えるんだ」
「別にそう言う訳じゃねーよ。」
「…じゃあ、」

と次なる文句を言い掛けて止めた。喧嘩をするためにわざわざ部活後に約束を取り付けて会いに来たわけではない。鞄の中に入っているプレゼントを思って悲しくなった。どうして孝介を思う気持ちは誰にも負けない自信があるのに、こう毎回上手くいかないのだろうか。

あたしが急に黙ると、孝介が小さく溜め息をついた。そのまま隣のブランコに腰を下ろす。手が自然と離され悲しさが増し、あたしはとうとう俯いた。涙が溢れそうになるが、そこは必死で押し留める。そして泣きそうになるのを誤魔化すために勢いよく立ち上がり、ブランコを漕ぎ始めた。悲しい気持ちを悟られないために少々大きめの声を出して話し出す。

「会うの夏休み以来だね」
「そうだな」
「孝介、体が大きくなった」
「そりゃ毎日練習してりゃあなあ」
「あたし髪染めてみたんだよ」
「知ってる」
「えーホントに?」
「今日会ってすぐ気付いたよ」
「…え」

その言葉を聞いた瞬間、漕ぐ足が止まった。止まってもすぐに揺れは止まらないが、あたし達はブランコが完全に止まるまで見つめ合う。孝介の大きな瞳にあたしが映って視線が逸らせない。金縛りに合ったみたいに体全体が動かせず、その瞳に吸い込まれてしまいそうだった。

元々茶色みがかったあたしの髪の毛は、そんなに明るく染めた訳ではない。学校の友達にだって言わないと気付かないぐらいだ。ましてや今は夜の21時過ぎ、明かりは公園の電灯しか頼るものがない。そんななか孝介はあたしの小さな変化に気付いてくれた、それだけで先程までの悲しい気持ちが嘘みたいになくなってくる。それと同時に嬉しくなって笑みが零れ、あたしは腰を下ろした。

「えへへ」
「なんだよ」
「べっつにー?」
「変な奴」

孝介に悪態を付かれようと、今のあたしは気にしない。上機嫌のまま鞄からプレゼントを取り出し孝介に差し出した。

「はい、プレゼント。誕生日おめでと」
「サンキュ」
「今年は去年よりちょっと豪華なんだからね」

念押しして渡したプレゼント。そのプレゼントにはもちろんイトコとして誕生日を祝いたい気持ちも入ってるが、もう1つは今はまだ勇気がなくて伝えることのできない思いも詰まってると少しは気付いて欲しい。小さい頃から少しずつ育ってきて、今ではコップに表面張力でギリギリを保っている水のようだ。ちょっと水を足しただけでも溢れてしまいそうなこの気持ち。だけどもう少し待ってね、あともうちょっと自分に自信が持てるようになったら必ず伝えに来るから。それまでは他に好きな子を絶対に作らないでよ、孝介。





霜月の晦
(ポケットの中で片方だけの手袋が、応援してくれてる気がした)

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20091129
20091130加筆修正
Happy Birthday dear Kosuke Izumi !


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