太陽 | ナノ






翌日、じくじくと刺激される頭痛によって目が覚めた。いっきに酒を飲んだのがいけなかったのだろう、最悪の目覚めだとばかりに苛立たしげに起き上がる。壁に掛けられた時計に目をやり、まだ夜も明ける前だということが分かった。地味に痛む頭痛によって二度寝する気になれないあたしは、顔を軽く洗ったあとに食堂へと向かった。

船内はまだ寝ている者たちが大半のため廊下は薄暗く、みしみしと自分が歩くことによって軋む板の音だけが静かに響く。食堂の扉をそっと開け、音を立てないよう中へと踏み入った。しかしまだ誰もいないと思っていたそこは、四番隊隊長が一服しながら腰かけている。目を見開くあたしに気づき、陽気に手を振られた。軽く頭を下げ、あたしはサッチ隊長に近づく。



「どうも」
「よう、早いな。どうした?」
「二日酔いの薬でも飲もうかと思って…サッチ隊長は?」
「おれァ朝の仕込み」



そうだった、四番隊はコックも務めているのだ。その筆頭である料理長がサッチ隊長である。この白ひげ海賊団率いるモビー・ディック号の乗組員は1000人を裕に超える。その人数分の料理を作るのだから、その手間暇はきっと大変なものなのだろう。なにか手伝うことはないかと問うと、もう終わったと告げられた。



「本当は今日は非番なんだけどな、さっきまで飲んだくれてた奴ら介抱してたらこんな時間になっちまって。今日の朝飯担当の奴がいたもんだからちょいと手伝っただけさ。なあに、心配はいらねえよ。仕事はきちんとする奴だから」



そう言って笑いながら煙草を薫らせる。きっと休憩がてら一服しているのだろう。お疲れ様ですと声をかけ、正面の椅子に腰かけた。昨日他の隊員たちとあれだけ飲んでおきながら、今まで寝ずに介抱までして。おまけに仕事も熟すときたら尊敬しないわけがない。素直に憧憬の眼差しを向けると、ふとなにかを思い出したように声をかけられる。



「そういやお前、エースと喧嘩でもしたのか?」
「…え」
「あいつ昨日愚痴ってたぜ」



お前のこと、と言いながら紫煙を口から揺蕩せるサッチ隊長。昨日といい、今日といい、厄日なのだろうか。なにも言わないあたしに笑いかけながら彼は言葉を繋ぐ。



「最近あいつのこと避けてるんだって?心当たりがなくてどうしたらいいのかって嘆いてたよ」
「…別に、喧嘩したわけじゃありません。ただ、あたしが一方的に避けてるだけで、」
「ふーん?お前がそんなことするなんて珍しいな。マルコと喧嘩したとき以来じゃないか?」



ケラケラと笑いながら、吸い終わった煙草を灰皿に押し付ける。言い返さないあたしを気にすることなく、次の煙草を取り出し火をつけた。すぐに口に含んで煙を吐き出す様は、なかなかどうして絵になっている。



「まあ大体の想像はつくけど、今のままじゃいけなことは分かってんだろ」
「それは、まあ…」
「こういったことに第三者が口を挟むのは野暮だが、まあ悩みなさいな。お前はまだ若いんだから、今のうちに悩んどいた方がいいぜ?おれらみたいにおっさんおばさんになってからじゃ遅いんだよ。相談ならいつでも乗るから、取り敢えず今は自分の気持ちに素直になれって」
「…はい、」



酔いの醒めた頭には、サッチ隊長の言葉がするすると溶け込んだ。素直にお礼を言うと、気前のいい顔で気にすんなと手を振られる。いつの間に吸い終わったのか、2本目の煙草の火を消した隊長はそのまま立ち上がり大きく伸びをした。噛み殺すこともせず欠伸をしながら席を離れ、背中を向けて離れていく。出入口の扉に差し掛かったところで、くるりと振り返った。



「ま、頑張れよ若人」
「…善処します」



今度はあたしも笑い返し、満足そうに頷いたサッチ隊長は去って行った。きっと今から眠るのだろう、誰もいなくなった食堂にもう一度お疲れ様ですと言ったあたしの声が小さく響く。当初の目的である薬を飲み、眠気の襲ってこない身体をどうしようかと悩んで船首に向かうことにした。なんだか無性に風に当たりたい気分になった。





船首へと向かいながら、つい先日ことを思い返す。あのエース隊長が言った言葉の意味はなんだったのだろうか…自分の良いように解釈して、いいのだろうか。いや違ったらどうしよう、でも…。なんてらしくもないことを考えながら、自然と歩くペースが遅くなっていく。本当は、分かっていた。自分の気持ちがなんなのか、分かっていたのだ。分かっているからこそ、あたしは隊長から逃げていた。逃げたことで、少なからず隊長を傷つけてしまった。そして、そのことによってマルコ隊長やサッチ隊長に迷惑もかけてしまった。きっと言われないだけで、二番隊のみんなにも迷惑がかかっているに違いない。自分の不甲斐なさに泣きそうになる。素直になれなくて、自分から逃げている自分が一番嫌だ。このままではいけない、このままでいたくない。…一歩、踏み出したい。隊長と向き合いたい、真正面からあの瞳が見たい。あの笑顔を、自分のものにしたい。船首へと続くドアを開け、朝日が昇りつつある水平線に目を向ける。そこには、あたしの会いたくて仕方がない人がいた。



「エース隊長…」



もう迷わない、もう逃げない。もう、後ろを振り返らない。震える足を叱咤し、ゆっくりとその人の元へと近付く。早鳴る心臓を必死に抑え、勇気を振り絞ってあたしは声をかけた。彼の背中の刺青が、笑ったような気がした。