太陽 | ナノ






太陽のように笑う顔が好きだった。いつだってどこだって、あの笑顔が見られれば例え死の淵に立つような状況でも覆すことができるような力を与えてくれる。太陽を代名詞とした彼の喜色は、あたしに哀しいときも淋しいときも心の底から震え立たせるような元気をくれた。本人は気付いていないに違いない。あたしにとってそれがどんなに救いなのかを。

あの人の笑顔は誰にでも平等に差別なく振りまかれる。あたしはその中でも特に一番好きなのが、自慢のテンガロンハットが太陽を背に、あの人の笑顔と一緒に輝く瞬間。あたしはそれを初めて見たとき、身体中に電流が走ったのを確かに感じた。暫くその顔から目が離せなくて、柄にもなく真っ赤になった顔をまじまじと見られ恥ずかしかったのを今でも覚えている。それからだ、視界の端々にあの人の姿を捉えるようになったのは。無意識のうちにあの笑顔を探している自分がいて、我に返る度に溜め息をつく。

時々寝ながら食事をする顔、敵を前に好戦的な表情をする顔、甲板の上で気持ち良さそうに昼寝をする顔、酒を飲んで淡く赤くなった顔、誰にでも振りまくあの笑顔。それがあたしのものだけになればいいと思うようになったのは、いつからだったろうか。もう何年も前のように感じられれば、つい最近意識しだしたかのようにも思える。





二番隊に所属するあたしは必然的にあの人と行動を共にすることがしばしばあった。それはもちろん他の隊員たちも同じなのだが、二番隊で唯一の女戦闘員のあたしを気遣ってよく気にかけてもらっている。今日も今日とて、各隊に割り振られた作業に勤しむあたしに声をかけてくれた。



「よう、調子はどうだ?」
「隊長、」



また、あの笑顔だ。顔が輝かんばかりの、愛想の良い屈託のない微笑み。真正面から直視することができなくて、少し視線を逸らしながら大丈夫ですと答える。そのあたしの仕草に少し首を傾げながらも、満足そうな笑みを向けられた。そのまま踵を返すかと思ったら、なぜかまだ目の前にいて。今度はあたしが首を傾げると、慌ててなんでもないというように首を振る。いつもの隊長とは違う僅かな違和感を覚えたが、それを誤魔化すように再度声をかけられた。



「いや、なんかいつもと様子が違うからよ。髪でも切ったか?」
「…え、あ」



ふいの問いに戸惑いながらも、思い出したように自分の前髪に触れる。朝、顔を洗ったときに、そろそろ伸びてきて邪魔だと思い数センチ切った。本当に自分でも気付かない程度にしか切らなかったので、言われるまで忘れていたぐらいだ。自分でも気付かなかった変化に、ましてや他人が気づくはずがないと思っていたのに、まさか隊長に気づいてもらえるとは。些細な変化に気づいてもらえた嬉しさと、自分から外れない視線に気恥ずかしくなり、そっと顔を俯かせる。



「そう…ですね。今朝、前髪を切りました」
「そっかー前髪か、成るほどな!確かに昨日より短くなってる」
「…よく気づきましたね」
「ん?」
「いえ、そんな短く切ったつもりはないんですけど、っ」



言い終わる前に、隊長の大きくて骨ばった手があたしの前髪に触れた。瞬時に全神経が髪の毛に集中するような錯覚に陥る。さらさらとあたしの髪を梳く手に、心臓が爆発しそうなくらいどきどきした。そのままされるがままになって(緊張して動けないだけだけど)、どうしようか模索していると、その手が今度は頭の上に移動する。そっと頭を優しく撫でられ、ますますどうしたらいいのか困惑した。



「お前のことならすぐに分かるよ」
「…え?」
「そのまんまの意味」



最後にぽんぽんと頭を撫でそっと微笑むと、今度こそ踵を返して他の隊員たちの輪へと入っていた。すぐに遊んでいた隊員たちに怒号を散らす声がしたが、あたしの耳にはもうそんなことを聴覚する能力は残ってなくて。触れられた温かい感触と、最後に残していった言葉とあの笑顔。触れられたところがじんじんと痛むように熱くて、かけられた言葉に思考回路がぐるぐるしてショートしそうだ。最後に向けられた笑顔はあたしの大好きなものだけど、最近それが心臓を抉るような凶器に変わってるのをご存知でしたか?エース隊長。