「あのさ、2人とも」
「どうしました?臨也さん」
「鍋でも奢ってあげようか?しゃぶしゃぶでもカニ鍋でも好きなものを選ぶといいよ」
「…は?」

波江さんは自分のノートパソコンで淡々と仕事をこなし、あたしは情報資料の整理をしている中、カタカタとパソコンでずっとチャットをしていた臨也さんが、唐突にそんな発言をした。何事かと思い後ろからデスクトップ画面のログを覗けば納得がいく。臨也さんでも除け者にされて悔しいなどという人間らし感情があるのだと思い、不謹慎ながら可愛いと感じてしまった。

「チャット仲間がみんな鍋をしてるからって、自分の虚栄心を満たすのに私を利用するのは止めてくれない?」
「……見てたのか」

波江さんからのキツい一言により、臨也さんがなんとも言えない反応する。眉間に皺が寄り、片眉がぴくっと動いた。しかも口の端がひくっと引きつっている。きっと内心イラッときたんだろうなぁ…と思いながら、手を休めていた作業を再開させた。

「…○○は?どうなんだい?」
「んー…さすがにこんな時間から鍋というのはちょっと」

話を振られ、手を動かしながら素直に思ったままのことを告げた。確かにみんな鍋を食べているなんて羨ましいことこの上ないのだが、時刻は夕飯を食べるには大分遅い時間であり、それに波江さんはそろそろ帰る時間だ。夕飯を食べるタイミングを逃しているとは言え、さすがに今から食べるのは少し憚れる。どうしたものかと悩んでいると、波江さんがノートパソコンをパタンと閉じた。そのまま周辺にあった自分の荷物をまとめ、席を立つ。

「それじゃあ、今日の仕事は終わったから帰るわね」
「もう帰るんですか?いつもより早いですね」
「先刻も言った通り、利用されるつもりは更々ないの。それじゃあ」

手を軽く上げながら颯爽と帰っていく波江さん。なぜ彼女はあんなにもカッコいいのだろうか。一つ一つの仕草に大人の色気を感じるというか、クールで知的というか。いつかあたしもあんな素敵な女性になれたらなぁ、と密かに憧れているのは臨也さんにも内緒である。

部屋に二人きりの状態となり、波江さんが少し場の空気を乱したことによりなんとなく居心地が悪く感じる。居たたまれなくなってあたしは作業していた手を中断し、冷蔵庫へと向かった。今は二人暮らしとは言え、もともとは一人暮らしだった臨也さんのキッチンに存在する冷蔵庫。バカでかい上に、一人暮にしては大きすぎる冷蔵庫は本来の性能をあまり生かしきれてないから可哀想だといつも思う。自分でも下らないことを考えてるな、と思いながら冷蔵庫の中を覗けば申し訳程度に食材が保存されているだけ。念のため一番下にある野菜室も調べてみたが、これと言って鍋のできそうなものは不揃いだった。

「臨也さーん、鍋をやるには食材がないので諦めてください」
「なにそれ、食べに行けばいいだけの話でしょ」
「や、こんな時間までやってる鍋の店をあたしは知りません…」
「新宿周辺にどこかなかったかな」
「どちらにしろ、あたしは今日それなりに疲れてるので遠出はしたくないです」

然り気無く家から一歩も出たくないのだと伝えてみるも、軽く無視されパソコンへと視線を戻された。きっと鍋料理を扱ってるお店を探してるんだろうな、と思い中断していた作業をキリのいいところまで終わらせる。ここまで来たらもう臨也さんに付き合うしか方法はない。自室から上着を持ってきたところで、臨也さんが椅子から立ち上がった。

「残念ながら鍋料理のお店は近くにあるけど、もうすぐ閉店だ。後は呑み屋ぐらいしかないね」
「ありゃ、じゃあ夕飯はどうします?」
「今から買いに行く」
「は?」
「24時までやってるスーパーがあるから、そこで材料を買うよ」
「…つまり、鍋は決定と」
「文句ある?」
「いえ、別に」

有無を言わさぬ笑顔の圧力に必死に首を横に振る。それに満足したらしい臨也さんが椅子の背凭れに掛けていた黒いコートを羽織り、一緒に部屋を出た。

歩いて15分というところに、そのスーパーはあった。鍋の中身は道中話して決めた結論により、一番無難なすき焼きにすることに。しかし、あたしがせっかく安い材料を真剣に選んで吟味し、もうすぐ閉店ということもあり半額にされているものを選んでも、臨也さんはそれを尽く元の場所に戻し、自分の好きな材料をどんどんカゴに入れていく。まだそこまでなら許せるのだが、この人の場合値段も見ずに決めるので内心ひやひやだ。しかも会計はいつもカードで済ませるのだから、臨也さんの金銭感覚にはいつまで経ってもついていけない。一応あたしもお仕事のお手伝いとしての給料やお小遣いをもらっているのだが、それでも高校生にしてはあり得ない金額をいただくので溜め息が止まらないのだ。

家に帰ったときはもう既に24時を回っていた。だが明日はあたしの学校が休日なのと、臨也さんの仕事が午前中は休みとのことで問題はなさそうだ。あたしが鍋の準備をしている中、臨也さんはソファに寛いでクロスワードを解いている。あたしは牛脂から割り下を作り、材料を切り揃え、鍋の中に放り込んでいく。丁度良い具合に煮込めて完成したところで、臨也さんが後ろから覗き込んできた。

「ふーん、まあ美味しそうなんじゃない」
「いつも貴方はあたしの料理に対して文句しか言えないんですか…鍋をテーブルに運ぶので、鍋敷きを用意してください」
「分かった」

鍋をテーブルに運んだところで食器棚から取り皿と溶き卵用の小皿を用意し、冷蔵庫から卵を持ってくるのと同時にお箸も用意する。それからまた冷蔵庫に戻ってお茶の入ったペットボトルとコップを持ってソファに座り、空腹を訴える体に漸く食材を与えることができた。

「まあ、味は普通だね」
「…いつも通りのご感想をありがとうございます」
「これでも褒めてるんだよ?」
「そうですか」

自分にしては上手く味付けできたすき焼きを頬張り、お腹を満たしていく。臨也さんはああ言うが、それはあの人なりの照れ隠しだと分かっているので特に突っ掛かったりはしない。あたしにしか分からない程度に頬を緩ませているのだから、今はそれで充分だ。しかし、いくら臨也さんが大の大人と言えど、二人分にしては量が多すぎて残りは明日に回すことにした。あたしが食器などを片付けている間、臨也さんはお風呂に入っている。出て来たところで入れ替わるようあたしもお風呂に入り、寝る支度を済ませると臨也さんがまたパソコンに向かっていた。あたしがリビングに戻ってきたところで、こちらに気が付き振り返る。

「もう寝るの?」
「はい、臨也さんはまだお仕事ですか?」
「いや、もう止めるよ。明日に回す」

そう言ってシャットダウンすると、こちらに手招きをしてきた。なんだと思い近付いてみると、手を急に引っ張られ腕の中にすっぽり包まれる。ぎゅうぎゅうと力強く抱き締められ息苦しい。さすがにキツくてくぐもった声を吐き出すと腕を緩めてくれた。それから少しの気恥ずかしさを紛らわせるために臨也さんを見上げる。

「どうしたんですか急に」
「ん?今日は俺の我儘に付き合ってくれたからお礼」
「はあ…」

今までお礼と言われても悪戯に苛められたことしかないので、なんとも言えない返事が漏れた。それを快く思わなかったのか、臨也さんの眉間に僅かな皺が形成される。

「んっ…」

それから噛み付くようにキスされた。読んで字の如く噛み付かれたので、キスと表現するのは少し語弊があるかもしれない。唇に噛み付かれ、お互いの口内に鉄の味が広がった。それを舐め取って更に唾液と交えて舌を交差させられ、表現し難いフレンチキスをする。いつも臨也さんのディープキスはあたしの限界ギリギリまで続くので、この行為は拷問に近い。どちらのかも分からない唾液を口内に納め切れず、口の端から溢れて首を伝った。だんだんと足に力が入らなくなり、体を支えるために必死に臨也さんにしがみつくも、頭が白くぼぅっとしてきて意識が途絶えそうだ。それを見計らったかのように臨也さんが体を離す。あたしはその瞬間、急に入り込んできた酸素に咳き込んだ。それを満足そうに見下ろしていることだろう臨也さんは、そっとあたしの耳元で囁く。

「続き、する?」
「…2日続けては勘弁してください」

そう。昨夜もあれよあれよと言う間に行為に及んでおり、何回を体を重ねられたため体がへとへとなのだ。今日が週末だから気力を振り絞って学校に行ったものの、明日が休日とは言え2日連続は精神的にも肉体的にも限界がある。それを目線だけで訴えると、さすがに心中を察してくれたようで顔を離してくれた。変わりとばかりに腕を引っ張られて立ち上がらされる。

「じゃあ今日は我慢してあげるから一緒に寝ようか」
「…絶対になにもしません?」
「そんなに疲弊しきった○○を見たら、さすがに可哀想だからね」

そんな○○を犯すのも愉しいけど、などと嘯かれたので思わず後退さる。まあ腕を掴まれていたので実際は一歩ぐらいしか離れられなかったのだが。そんなあたしを愉しそうに見て目を細み、腕を引っ張られ臨也さんの自室に向かわされる。そのまま引っ張られた勢いでベッドにダイブさせられ、顔を強く打ち付けた。痛みに悶えているともそもそと臨也さんも布団に侵入し、足を絡められ、背中に力強く腕を回し、抱き枕の用に抱き締められる。正直息苦しかったのだが、その窮屈さが逆に心地よくて顔を綻ばせた。瞬間、急にぱっと体を離して顔を覗き込まれ、恥ずかしさに固まった。そのなんとも言えない阿呆面を見られ、クスッと笑われる。顔が赤くなると同時に額に唇を寄せられ、リップ音が暗闇の中に響く。更には吐息が顔に掛かり、体温の上昇に拍車が掛かった。

「…おやすみ」

そんな子守唄のような低音に促され、柄にもなく臨也さんの胸に顔を埋めて自分から抱き付いた。それに応えるように抱き締め返してくれて、その心地よさにそっと目を閉じ、静かに眠りに落ちた。

「おやすみなさい」





虚栄心の繕い方
(どの子守唄よりも効果のある呪縛)
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100221
臨也宅居候シリーズ第三段。臨也さんにほのぼのは似合わないと思いつつ、書き終わったらなぜかこうなってたの図。
臨也と鍋が食べたかっただけです。除け者臨也万歳!←

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