一目見たときから惹かれていたのかもしれない。あたしは面食いと言うわけではないが、その白い肌を主張する端整な顔立ち、ツリ上がった瞳から放つ鋭い眼光、一本一本が暗闇でも輝きを持つ漆黒の髪、扇情的な笑みを作る唇から漏れる低い声、細い胴体からスラッと伸びる長い手足、全身をこれでもかと黒で包み込んだ体裁。なにもかもが神秘的で、幻想的で、妖艶で、恐怖を煽る。それでいて確実に"そこ"に存在する人物。あたしにとって折原臨也は、なにものにも替えがたい、そして全てであった。

「お帰り、今日は遅かったね」

シンプルなマンションに分類されるそこに、彼は住んでいた。彼から与えられた合鍵は常に首飾りにぶら下げ、家の鍵を開閉する時以外は直ぐ様服の中へと仕舞い込む。玄関でローファーを脱いでから端に揃え、リビングに出たところで、ソファに優雅に座り込み珈琲を嗜好している臨也さんに出迎えられた。ベランダへと繋がる窓からは茜色の夕日が射し込み、遠くの空を見やれば蒼い闇が迫っているのを物語っていた。確かに、今日はいつもより帰ってくるのが遅かったのかもしれない。しかし彼は相変わらず視線は部屋の隅に位置するテレビへと向けられ、無機質な高低でニュースを伝えるアナウンサーを眺めていた。いつだってその瞳から感情を読み取ることはできない。一緒に暮らし始めてまだ日は浅いが、もう少しコミュニケーションを取れるようになりたいものだ。あたしはいつになったら臨也さんにまともに相手にされるようになるのか。それはまだまだ先の話であろう。

「どこかで寄り道でもしてきたのかな?」

いつまでもリビングのドアの前で突っ立っているあたしを少し不信に思ったのか、漸くその赤い瞳に自分が映る。

「いえ、特には」

それ以上余計なことを言わないよう口を噤み、視線を逸らしながら自室に向かって後ろ手に扉を閉めた。途端に一人だけになった空間に吐き気を覚える。喉に空気を送り込みながら出そうになる異物を押し戻し、手探りに電気のスイッチを入れた。パチッと電気が付いたと共に、部屋が一気に明るくなる。視界に入った必要最低限にしか配置されていない家具たちは、全て臨也さんが用意してくれたものだ。その内の1つである机の上に学生鞄を置き、徐に上着を脱ぎ捨てる。以前、臨也さんにもう少し小まめに整理整頓するよう注意されたが気にしない。

あんなんでも綺麗好きとは、人は見掛けによらないものだ。床にパサリと落ちた上着を踏みつけ、腰に手を掛けた。履いていた黒いタイツを太股の辺りまで脱ぎ、そのままベッドに腰掛ける。足に手を伸ばし、右足を脱いだところで扉が開いた。彼がリビングで珈琲を飲んでいた時点で波江さんは仕事を終えて帰ったのだろうと予想がついていたので、入ってきた人物が臨也さん以外にいないことは明白だった。そのまま臨也さんは足音を立てず、あたしの隣に腰掛ける。あたしはそれに特に興味を示さず左足にも手を掛けた。だが、その行為は右太股に手を添えられた臨也さんの行動によって阻まれる。

「…なんですか」
「いや?いつ見ても白くて綺麗な脚だなと思って」
「堂々と目の前でセクハラ発言をしないでください」
「ははっ。いつものことだろ?」

そう良いながら、スカートに手を掛けるか掛けないかの絶妙なラインで太股を執拗に撫でられる。その慣れない感触に正直言って鳥肌が立ちそうだ。現に体が寒気を感じ身震いする。その反応を楽しむかのように、今度は左手が腰に伸ばされた。只でさえ近かった距離が更に密着し、お互いの体温が伝わってくる。クスクス笑う声を耳元に感じながら、脇腹辺りを擽るかのような行為に、そろそろ抵抗を覚え始めた。身を捩って臨也さんの手の動きに対抗しながら、顔を合わせる。

「急になんなんですか。なにか用があったんでしょう?」
「ん?ああ、○○が俺のことを無視するからお仕置き」
「お仕置きって…別に無視なんかしてないじゃないですか」
「俺の質問に正直に答えなかっただろう?どこに寄り道してきたのかな」

そう言いながら体重を掛けられ、抗えぬままベッドの上に押し倒された。いつかの時と状況が重なり、冷や汗が背中を伝う。依然として左手は腰に添えられ、反対に右手は両手を頭の上に拘束された。こうなったら今日の出来事を正直に話すしか助かる術はない。

「き、今日は…」
「今日は?」
「正臣と帝人くんで一緒に学校帰りに池袋散策をして、」
「うんうん」
「それで二人の買い物に付き合って、途中でそろそろ帰らなくちゃと思って別れました」
「それから?」
「それから、その…近道しようと裏通りを歩いてたら、」
「なにかあったの?」
「なにかあったって言うか…その、ホントにたまたまなんですけどね、しず…じゃなかった。平和島さんに偶然出会して」
「…へぇ?シズちゃんに?」
「(あぁ、怒ってる…)そ、それでたまには一緒に食事しないかって誘われて、」
「…………」
「え、えっとそれでその…一緒にちょっとカフェでお茶をしてたらこんな時間に………………な、なりました」

沈黙が恐ろしく怖い。前に静雄さんって呼んだら文字通り烈火の如く怒った臨也さんを思い出して、急いで平和島さんと言い直したのだが…やはり駄目だったのだろうか。

先程まではニコニコしていたら瞳が、今や鋭くツリ上がったものへと変化し、その瞳にはあたししか映っていない。それから暫く見つめ合っていたかと思うと、ふぅっと溜め息をつかれた。いつの間にか手の動きが止まっていた左手が顎へと伸び、そのまま顔を固定される。

「俺さぁ、前にも似たようなことがあったとき言ったよね。○○は俺のものなんだよ?なんのためにここに一緒に住んで、戸籍を改竄し、来良学園へ入学することができたと思ってるの?」
「そ、それは…」
「○○を俺以外の奴に渡す気はないんだ。初めて会ったときのことを覚えてる?家出をして身寄りもなにもない君を引き取ったのは、他の誰でもない俺なんだよ」

言いながら、顎に添えられた手に力を込められた。両頬に爪を立てながら中へ中へとギリギリ食い込まされ、その痛みに顔を歪める。生理的に瞳に溜まってきた泪を見て、あたしの顔より更に歪んだ笑みを見せる臨也さん。そのなんとも言えない表情に見蕩れてしまうあたしはもう救いようがないところまで来ている。それでも抵抗できない体勢に悔しさを感じながら、あたしはしっかりとした声音で言葉を紡いだ。

「言われたくても、あたしは臨也さんの物です」
「…へぇ?」
「臨也さんが嫉妬深いのも知ってるし、あたしが臨也さん以外の男の人と関わるのを極度に嫌がるのも分かってます」
「じゃあ、○○は分かっていながら同じ過ちを繰り返すんだ?」
「違います。臨也さん、人間誰だって人付き合いと言うものはあるんですよ。あたしはただそれを真っ当しているだけです。正臣や帝人くんに友達以外の感情がなければ、平和島さんに現を抜かすことは絶対に有り得ないことなんです。あたしが臨也さんの物なら、臨也さんはあたしの物でもあるんですよ。それを忘れないでください」

言い終わった途端に、頬から痛みが引いた。だが今度はその左手があたしの前髪を掴む。さっきまでの状況より少しはマシだが、依然として力のある行為に抗えない。だけどその臨也さんの表情は先程とは対照的に快楽的な笑みを浮かべ、眼はキラキラと輝いて見えた。あたしはそれにゾクッとしたが、それは恐怖に怯えた訳ではなく、寧ろその滅多に見ることのできない笑顔に歓喜を感じたのだ。

「随分と言うようになったね」
「臨也さんに影響されたんですよ」
「それは俺の所為だと言いたいのかな?」
「まさか」

今度はあたしが臨也さんに向かって嘲笑し、挑発的な笑みを浮かべてやる。あたしは臨也さんと初めて会ったときから…路地裏でボロボロの布切れに身を包み、ボサボサとした髪でホームレスのような格好を恥ずかし気もなく晒してのたれ死にそうになったあたしの目の前に現れた貴方を見たときから、あたしは貴方に魅せられていたんですよ。

あの時から貴方はあたしの救世主なんです。この身を全て捧げる覚悟で貴方に命乞いをし、助けてもらい、ずっと傍で生きていくことを誓ったんです。間違っても、貴方以外の男になんて堕ちませんよ。それこそ、貴方以外に恋愛感情を抱くなんて皆無です。

そう言ってやればますます笑みを深め目を細み、先程臨也さんによって血が滲んでいる頬を慈しむように撫ぜてくれた。あたしはそれに愛しさを感じながら、今度はそっと優しく微笑む。今度は純粋に、ただ自然に、感じたままに臨也さんに笑みを向けてやれば、彼も同調するように優しく微笑んでくれた。またこれも滅多に見ることのできない表情である。かと思えばスッっ表情を変え、今度は意地の悪そうな憎たらしい妖艶な笑みを浮かべた。その瞬間あたしの頭の中で危険信号が躯全体に伝わる。ひくっ、と口の端が引きつるのがまざまざと分かった。

「それじゃあ、お互いの愛を確かめ合ったところで更に関係を深めようか」
「え、ちょちょ、ちょっと待ってください。あたし今そんな気ないんですけど!」
「なにを今更。○○に拒否権があったことなんてあった?」
「…な、ないです」
「それじゃあ、もう仕方ないよね」
「え、ヤダ。待っ…!」

臨也さんの強引な唇に塞がれ、左手で顔を固定されたため振り切ることができなかった。啄むように何度も何度も角度を変えながら求められ、その行為に躯全体が熱くなっていくのを嫌でも感じる。降り注ぐキスの嵐に息も絶え絶えだ。やっとのことで離されたと思いきや、カチャッと頭上で金属の擦れた音がする。何事かと思い視線を向かわせようとすれば、その前に臨也さんがあたしの目の前に持ってきた。近すぎる距離に急いでピントを合わせれば、そこにはこの場に似つかわしくない物が両手首に施されている。

「…なんですかこれは」
「見て分からない?」
「手錠ですね」
「そうだね」
「な、んでそんな物がここに…!」
「手錠を手に入れることくらい、情報屋には簡単すぎるよ」

ニコッと目を細め、見せ付けるようにされていた両手をベッドの上に持っていき、手錠の鎖をなにかに引っ掛けられた。途端、両手の自由を完全に奪われたことに気が付き急いで外そうとするものの時既に遅し。両足はいつの間にか臨也さんの足に押さえつけられ、絶対絶命の状態。

「○○が悪いんだよ。今日は早く帰ってくるとか言っておきながら散々俺のこと待たせて、挙げ句の果てにはシズちゃんとデートしてきたって?そんなことしておきながら、俺がなにもしないで見過ごすとでも甘いこと考えてた?」
「いや、あの、」
「さっきも言ったけど拒否権はないよ。○○は俺の所有物なんだから」
「だ、だからってこの状態は…」
「たまには手錠プレイとか、他のものにも嗜好を向けようと思ってね。いつも同じじゃ飽きるだろ?」
「いや、全然そんなこと…」
「おまけに下着が透けて見えるブラウスに、丈の短いスカート。極めつけには白い脚を晒した黒タイツとくれば、ここで犯さない俺ではないよ」

その言葉を聞いた瞬間、あたしは悟った。この男は今日1日のあたしの行動を既に知った上で、更にいらん前置きを据え、怒った振りをしてあたしを散々嗜虐し、実は今この状況を迎えるために茶番劇を行っていた、ということを。

「あれ、その顔は今漸く理解できたってことかな?」
「い、臨也さんアンタって人は…!」
「いつも気付くのが遅いよね、○○は。ま、今更気付いたところで無駄だよ。今日はとことん付き合ってもらうからね」

そう言ってにっこり微笑む臨也さんに、あたしは本気で泣きたくなった。





ひとり鬼ごっこ
(結局は最初に惚れたあたしの負け)
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100210
臨也への愛が爆発して具現化したもの。まだ原作読んでないので微妙だから後で書き直すかも。

title;9円ラフォーレ

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