暦日は十二月、大学二年生のあたしは生まれてから晴れて二十回目の冬を迎えることになる。

今月も半ば近くになり、寒さが本格的になってきた。寒がりなあたしは友人にまだ早いと文句を言われても全く気にせずダッフルコートを着てくるくらいなのだから、よっぽどなのだと理解していただきたい。もちろんカイロは常に常備しており、鞄の中には手袋、マフラー、帽子などなど防寒対策は完備だ。今は大学内にいるので着ける必要はあまりない。寧ろ講義中に着けるのは教授に対して大変失礼極まりないので、ブランケットを膝掛けに使い、肩掛け用のマフラーに身を包むのだった。

漸く本日の講義が終わり、友人に別れの挨拶を告げながら急いで教室を出る。六限という遅い時間だったからか知らんが、通常よりも二十分ほど延びての講義となってしまった。あたしは歩きながら先程も述べたように、ダッフルを羽織り、マフラーを巻き付け、帽子を被り、手袋を嵌め、カイロをポケットに滑り込ませ、膝掛けと肩掛けを適当に畳んでロッカーに突っ込み出口へと急ぐ。逸る気持ちを必死に冷静に押さえながら急いで電車に乗った。

乗り換えを走りながら素早く手短に過ごし、目的地のある駅へと到着する。既に指定した時間から数分が過ぎており、待ち合わせ場所に見覚えのある人影を見つけ、慌てながら噴水広場へと走り出した。息が上がるのも気にせず、肩を上下に動かしながら漸く隆也と会うことができる。

本来なら今日は四限終わりなあたしだが、運悪く補講が入ってしまい六限まで講義があった。また隆也も部活があったため地方キャンパスのグラウンドの方へと移動しており、都心キャンパスに身を置いていたあたしは中間地点にあるこの駅で待ち合わせすることになったのだ。

「っはあ、はあ、あ。ご、ごめ、待った?」
「いや、そんな待ってねえけど…おま、そんな全力疾走してくる必要ねえだろ」
「だ、だって、あたしが、人を待たせ、る、こと、が、嫌いなの…知ってるでしょ」
「いや、まあそうだけどさ…」

だからって…と言いたそうな隆也の顔を無視し、漸く息が落ち着いてきたあたしは無理矢理に隆也の手を両手で取った。それ以上隆也がなにを言おうが無駄だと、手に力を込めて握ってやる。目線と無言も交えて訴えると、観念したように隆也が大きく溜め息を溢した。

「早く行こっ。予約間に合わなくなっちゃうよ!」
「…おう」

本来ならここは男である隆也がリードするところなんだろうけど、今日という特別な日には少しくらいあたしに主導権を握らせていただきたい。ぐんぐんと歩く足を早め、レストランへと急いだ。





「あー!美味しかったねえ」
「そうだな」

なんだなんだ良いながらも予約時間の十分前には行くことができた。今回はあたしが奮発していつもより値段が張るコース料理を選び、隆也に文句を言われながらもデザートまで全て完食し終え、たった今レストランを出てきたところである。あたし達はレストランの料理の良かったところや内装の話をしながら手を繋ぎ夜道を歩いた。自然と歩くスピードが遅くなることに、顔には出さないものの嬉しくなる。夜も更けもうすぐ日付が変わるのだから、隆也もまだあたしと居たいと思ってくれているのだと一人勝手に解釈した。でも強ち間違ってないのはあたしの自惚れではないと思う。だって繋がる手はいつの間にか恋人繋ぎになっていて、話をしながら相槌を打つのと合わせるように力を込められた。またそれが嬉しくって、ついに声に出して笑ってしまう。

「なんだよ」
「んーん、べっつにー」
「変な奴」

隆也も少し吹き出して笑った。そのあたしにしか見せない独特の笑顔に心臓が一際大きく高鳴る。何度も見慣れた筈なのに、不意打ちとはいえ未だ慣れないあたしは顔が赤らむのが分かった。今この場所が外灯の少ない道で良かったと心底思う。

やがてあたし達の足は駅前の噴水広場へと戻り、近くにあったベンチへと腰を下ろした。すぐにその場を離れた隆也が自販機で買ってきたであろう飲み物を両手に戻ってくる。

「ココアで良かったか?」
「なんでもいいよ」

隆也は当然のようにあたしの隣に腰を下ろし、ココアを差し出した。寒がりなあたしを理解して、こうやって気を遣ってくれる隆也が物凄く好きだなと感じる。あたしは素直に缶を受け取り、まだ暖かさを主張するココアを手中に納めた。猫舌な訳ではないが、やはり最初は手で少し熱を奪ってから飲みたい。隆也は既に缶コーヒーのプルタブを開けて一口飲んだところだった。

「そ言えば、もーすぐクリスマスだね」

あたし達がいる噴水広場は、既に幾日と迫ったクリスマスのためにイルミネーションが施されていた。わざわざ他から運び込まれたであろう細い木々達が、広場を包むように周りに植え付けられている。そして普段は噴水の顔を立てるように存在を小さくしているそれも、今では綺麗にライトアップされ存在を主張していた。それに倣うようにして真ん中にある大きな噴水も、中の機械のためか内側からへと外側に向けてキラキラと光を散りばめている。

あたしがその景色を暫く眺めていると、ふいに横から強い視線を感じた。なんだと思いそちらを見やると、いつの間に機嫌を悪くしたのか隆也が顔をぶすっとさせてあたしを見ている。

「クリスマスになる前にオレに言うことがあるんじゃねーの」
「…なに、今すぐ言って欲しい?」

時刻はもうすぐ二十三時を回る頃、隆也がポツリと、だがあたしにハッキリ聞こえるように拗ねて言った。十二月十一日もそろそろ終わる、珍しく隆也から急かすのだから少しからかいたくなるのはあたしの性格が悪いからではない。

クスッと笑ったあたしは徐にベンチを立ち上がり、噴水の近くまで歩み寄った。チラッと駅に着いている時計を見ると、あと五分もしないうちに長針が十二の数字を指すのを確認する。あたしは勢いよく隆也の方に振り返った。缶コーヒーは気付かぬうちに飲み終わったようでベンチの下に置いてあり、あたしのまだ口も付けていないココアはベンチの隅に追いやられている。変わらず隆也は顔をブスッとさせながら両手をジーンズのポケットに突っ込み、こちらを睨んでいた。あたしはそんな可愛い拗ね方をする隆也が愛しくて、とうとうお腹を抱えて笑い出す。もちろんそんなあたしを見た隆也はますます不機嫌になり、眉間に深く皺が刻まれていく。いつもそんな顔をしていると、将来歳を取ったときに苦労するって教えたのに、忘れたのかなあ。

あたしはすぐに笑うのを止め、今度はちゃんと隆也を見据えた。そしてまた時計をチラッと見る。もう本当に時間がない。あたしは小さく、だけど隆也にだけは聞こえるようにカウントダウンを始める。

「十、九、八、七…」
「…あ?」
「四、三、二…」

一、と数えた次の瞬間、あたしの後ろの噴水から大きな音がした。隆也が驚いてあたしから視線を外し、噴水の方を見やる。それは先程まで中心から噴水の縁の端までしか出ていなかった水が、今は真上に向けて水を放出し続け、また縁の近くからその中心を囲むかのようにいくつもの小さい吹き出し口から円を描くように水が回っていた。更に色とりどりなライトアップが内側から照らされており、よく目を凝らしてみるとサンタクロースを描いているようにも見える。噴水広場付近を歩いていたカップルや家族連れも思わず足を止め、その綺麗な噴水のイルミネーションに見入っていた。あたしはその光景に一人満足しながらほくそ笑むのだ。

やがて五分近く経ち、水の勢いが弱くなっていくのが分かる。あたしはそろそろクライマックスの合図だと確認し、それまでずっと噴水の方に向けていた視線を隆也に戻した。隆也も噴水にはもう興味が冷めたのか、あたしの方を見詰めている。あたしは視線の絡み合ったまま笑顔を返し、隆也の方へと寄った。だが隆也の近くへは寄らず、噴水と隆也との間の中間ら辺で停止する。そして今日一番大きく轟いたであろう、噴水の音と一緒に勢い良く天に放てられた水に負けないくらいの声で言ってやった。

「Happy Birthday!!」

ポカン、とした顔を隆也はして見せた。あたしはそれに悪戯が成功した子供のように頬を緩ませる。まんまと上手くいった計画に、予定通り過ぎて逆に怖いくらいなのだが、結果オーライなので気にしないことにした。そしてあたしは噴水のイルミネーションが終わったと同時に隆也の隣へと腰を下ろす。周りで噴水を見ていたカップルや家族連れもすぐに歩き始め、笑顔のまま帰って行った。

「どう?どう?すごいでしょ?びっくりした?」
「…お前、アレ見せるためにわざわざこの駅指定したわけ?」
「あーそれは違うんだなー。ほんっとーに、たまたま、今日は補講で六限まであるから当日集合場所とかどーしよーかなーって探してたら、運命的にこの駅の噴水を見つけたのですよ。しかも今日からクリスマスまで限定でアレやるっていう耳寄り情報を聞いたからなのですよ。決して全て策謀したのではありまっせーん」
「あー、そーかよ」
「え、なに、その冷めた反応は。楽しくなかったわけ?」
「や、そーいうわけじゃねーけど。なんつーか…ちょっと、ハズい」

と言って少し顔を赤らめる隆也。これはますますサプライズ大成功なんじゃありませんか?ねえ、そこのお嬢さん!あたしはますます嬉しくなって照れ隠しに隆也の背中を叩いた。って!と少し痛がった隆也はこの際、無視することにする。そしてあたしは今日一番のプレゼントを鞄から取り出し、隆也に差し出したのだった。





聖夜前の遊戯時
(二十歳の誕生日、おめでと隆也!)


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20091209執筆
20091211公開
阿部誕企画「ribon」様提出。
Happy Birthday dear Takaya Abe !


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