※仙→←鉢な卒業ネタ
六年間の忍術学園での生活も今日で終わりだ。 同輩との別れはとうに済ませてある。気に食わん奴もいるが、生きていればまた会うこともあるだろう。そう簡単にくたばる奴等ではあるまい。願わくば、戦場で会わぬことを祈るだけだ。
通り慣れた門を潜り抜け、自分が進む道を行く。道なりに生えている桜は二、三日前に開花を迎えたばかりで、陽射しは暖かいが吹く風にはまだ冷たさが残る。 ふと、仙蔵は一人声を発した。
「もう会うことも無いというのに見送りもしないとは薄情な奴だ」
誰にともなく発した言葉は、けれど確かに一人の耳に止まった。
「流石は立花先輩、気配は完全に消していたと思うんですが」
声掛けと同時に一本の桜の木から降りてきたのは鉢屋三郎。一つ年上の人間と対峙しているというのにそのような雰囲気は全く感じさない、頭の後ろで手を組むような姿勢である。
「そんな見つけやすい場所に居ながら、あまり私を見くびってくれるな」
「それはそれは、失礼しました。けれどお互いの為にも声は掛けない方がいいと思ったもので。今だって、ほら」
鉢屋は肩をすくめて両手を広げ、大袈裟にため息をついてみせる。
「ふっ、最後の嫌がらせだよ」
「貴方のその精神には全く、頭が上がりませんよ…。明日からは顔を会わさずに済むと思うと清々しい気分です。これでようやく羽を伸ばせる」
「全く、可愛げの欠片も無い。最後くらい気の利いたことを言えないものか。なあ、鉢屋?」
指先が触れるか触れないかの所に、仙蔵が手を伸ばして問い掛ける。 そこで、今まで饒舌だった鉢屋の口がきゅっと結ばれた。両の腕は下ろして、力の限り握りしめられている。
「つくづく酷い人だ。…もし私が引き止めでもしようものなら、貴方は私に失望するんでしょう?」
ようやく発せられた言葉は消え入りそうで、常に似合わず震えていた。しかし遮るものが無いこの場所では、容易に相手に届く。 眉を顰め、それでも決して涙は流すまいと意思の隠った目で、いつもの皮肉めいた笑みをしてみせる。
だがそこで仙蔵はくるりと向きを変え、桜の木の方へ歩を進めた。
「なあ鉢屋、蝶は好きか?」
「蝶…?」
突然の問い掛けに意図が読めず、思わず鉢屋は怪訝な表情になった。
「この桜も暫くすれば満開を迎え、じきに蝶が集まる。ひらり、ひらりと人の目を誘うように飛びながら、其の実捕まえようとすれば手がかかる。 だが、捕えられた蝶などつまらんものだ。蝶は飛んでこそ美しい」
「…それが貴方が捕まえたものであっても、ですか?」
「ああ、そうだ」
そこで再び、二人の視線が合わさった。
「つくづく難儀ですね。 …貴方も、私も」
「御互い様だな」
自嘲気味に笑い合う二人を阻むものは何もない。けれど決して触れ合うことはなかった。
「さて、私はそろそろ行くとしよう。生きていればまた会うこともあるだろう」
「…どうか精々お達者で、立花先輩」
歩き始めた仙蔵が振り返ることはもう無かった。 残されたのは一人立ち竦む鉢屋だけ。
「貴方の方がよっぽど蝶が似合いますよ…」
その言葉を拾う者は、もう誰もいなかった。
***
季節感無視で仙鉢卒業ネタでした。 私の中でこの2人は「好き」って言葉を相手に直接伝えない印象で…、お互い言ったら負けみたいな。どうやら不毛な恋が好きみたいです。 そして鉢屋くんが女々しくてごめんなさい。
2012/01/08
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