保健室には毎日いろんな人が訪れる。本当はあんまり人が来ない方がいいんだろうけど、この学園にトラブルはつきものだから。
この六年間ずっと保健委員を勤めてきて、今は委員長にもなった。何人もの手当てをしてきたから人間の体の構造にも詳しくなったし、普段は関わりの少ない下級生とも顔馴染みだ。だから不運委員長なんて言われてるけど、保健委員長になってよかったと思う。
あ、また誰か保健室に来るみたい。 この足音は……、 やっかいな生徒が来たみたいだね。
「伊作、すまんが手当てしてくれ」 「もー、またこんなに怪我したの?鍛錬するのはいいけど程々にしときなよ」
訪れたのは文次郎。日課とも言える鍛錬を重ねていて怪我が多いために保健室の常連だ。
「程々などという言葉は俺には似合わん」 「文次郎は相変わらずだね…。あんまり僕の仕事増やさないでよ」 「わかっている」
わかってないから言ってるんだけどなあ。また数日後にはきっと保健室に訪れるはずだ。
「はい、終わったよ」 「ありがとな」
手当てが終わると文次郎はもう用は無いという様に背を向けて出て行く。半ば保健室から見えなくなりかけている背中に、僕は呼び掛けた。 やられっぱなしじゃつまらないからね。
「先輩相手に呼び捨てはないんじゃないかな。ねぇ、鉢屋?」
「げ」
あ、露骨に嫌そうな顔。 気づいてないと思ってたんだろうなぁ。 呼び掛けられて振り向いた顔は文次郎そっくりだけど、表情は鉢屋そのものだからなんだか笑ってしまう。
「…いつから気づいてました?」 「足音が聴こえた時から、なんとなくね。確証を持ったのはやっぱり治療を始めてからだね、人間危険を感じて咄嗟に取る姿勢はほとんど同じだけど、個人差があるからね。文次郎の怪我の仕方とは少し違うし、筋肉の付き方とかもね」 「やっぱり先輩には敵いませんね」
観念したというように肩を竦めて、いつも変装している不破の顔に戻る。
「そう思ってくれてるなら、次からは変装せずに来てくれるとうれしいな」 「そんなの絶対御免です」 「そうか、それは残念。……でもね、どんなに誰かそっくりに変装したって鉢屋は鉢屋なんだから。君は確かに此処にいるんだよ。これだけは覚えておいて」 「……大きなお世話ですよ、伊作先輩」
鉢屋は完全に顔を外へ向けてしまった。表情は見えない。
「まあでも、今度私がここに来た時も見破れるものなら見破ってください」
また此方を振り向いた鉢屋の表情は、いつもの喰えない後輩のものだった。
「喜んでそうさせてもらうよ」
剥いでも剥げない化けの皮 その素顔は誰も知らない けれど確かに彼は此処にいる
***
2011/8/2
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