自分の居場所が欲しかった。
居場所をつくるのが怖かった。



忍術学園に入ったのは一人でも生きていける術を学ぶ為。今がどんなに楽しくても、卒業すれば俺は一人で生きなくちゃいけない。だから長期休暇で土井先生の家に泊まる事になった時も、「ただいま」とは決して言わなかった。


「お邪魔します、なんて他人行儀だなあ。夏休み中泊まるんだから、『ただいま』でいいだろう」
「駄目ですよ、俺にだって礼儀ってもんがあります。それにここは俺の家じゃありませんから」


だってそれは本当のことだ。今は土井先生が家に泊めてくれているけれど、それは俺が『生徒』だからだ。忍術学園を卒業すれば、先生が俺を泊めてやる義理なんて全くない。
軽々しく居場所なんて作ってあの苦しみをもう一度味わうなんて、二度と御免だ。



だから俺は、先生から嫌われるよう精一杯努力した。勝手に家の物を売り飛ばし、一日中きつい内職を手伝わせ、イナゴだけの食事を作った。口だって利かない、話し掛けられたって悪態ばかりついて。
それなのに先生の態度は一向に変わらなかった。いつだって優しくて、でも悪い事をした時は叱ってくれて。夢見が悪くて寝たフリを決め込んでいる時なんて、分かっているのかいないのか、頭を撫でてくれたりして。
──そんなに優しくしないでください。手離せなくなったら泣きを見るのは俺なんです。もう何かを失うのは、嫌なんです。

どうせいつか失ってしまうのなら、始めから何も無い方が楽なんです。










「教師と生徒だからなんて理由じゃない。これからもずっと、卒業したって関係無い。毎日ここに帰ってきてくれないか?私にとってきり丸はもう、たった一人の家族だと思える存在なんだ」

──ああ、だからそんな事言わないで下さい。一人で生きていくと決めたのに、縋ってしまうじゃないですか。


「永遠に、なんて保証できないけれど、少なくとも私が生きている間はずっと」

俺が欲しくてたまらなかった言葉。そして、与えられるのが怖かった言葉。
『嫌われる努力』なんて、この人の前では何の意味もなかった。俺の方こそいつの間にか、先生の事が大好きになっていた。この人の言葉なら信じられる、先生の隣に俺の居場所もあったら良いなと、そう思った。
まだ失うのは怖いけど土井先生なら大丈夫だと、何故だか心の底から確信できた。



その日から俺は、「お邪魔します」と言うのを止めた。何だか照れくさかったけど、俺達にとってはとても大事なことだった。
俺が恐る恐る発した言葉に、先生は優しく笑って応えてくれた。


「おかえり、きり丸」


何年ぶりかに交わす『家族』のやり取りに、思わず泣きそうになった。
血も繋がっていない、兄弟とも親子とも言えない微妙な歳の差の、先生と俺。
──だけど、先生のこと家族だと思っていいんですよね?ここが俺の居場所だと思っていいんですよね?


俺はどケチだから、貰ったものは一生離しませんよ?







『お邪魔します』を『ただいま』に変えてくれて、ありがとうございます。




***

父の日には間に合わなかったけど、寝てないからまだセーフですよね!?
私の中で親子といえばこの二人。

土井きり親子は、私が忍たまにハマったきっかけでもあります^^
決して血は繋がっていないけれど、家族以上の絆を持つこの二人が大好きです。

2011/6/19