最近やたらと俺に構ってくる奴がいる。
ろ組に在籍する、竹谷八左ヱ門だ。

なんで組も違う奴が俺に話しかけてくるようになったのか、きっかけといえばこの前の合同演習か。たまたま同じペアになっただけで、それだけの付き合いだと思っていたんだけど彼、竹谷八左ヱ門は違ったらしい。曰く、「なんで久々知は笑わないんだ?」だそうだ。
その疑問に「俺は楽しさなんて求めてない、忍者になる為だけにここにいるんだ」と答えれば、その時は「そうか」とだけ答えて去って行ったのだが。

それからというもの、生物委員に所属しているらしい彼は、「花の蕾が開いたぞ!」だとか「雛鳥が初めて空を飛んだ!」なんて事を毎日のように話してくるようになった。
しかし大方の所、適当にあしらう俺と、言うだけ言って去っていく竹谷という関係が成り立っていたのだが、その日は違った。

「兵助!ちょっとこっちに来い!」

いつものようにいきなり現れた竹谷は、走ってきたのか汗だくで息が上がっていた。そうして反論する暇も無いまま、手を引かれて着いた場所は学園の菜園。そして目の前には、今にも羽化しそうな蛹が一匹。


掴まれていた手首が痛い、とか何でいつの間に名前で呼ぶようになってるんだ、とかそもそも何故俺なんだ、とか。言いたい事はたくさんあったけれど。目の前の、必死に羽根を広げようとしているその姿に思わず息を呑んだ。
二人で息を潜めて見詰めていた時間はどれくらいだったろうか。やがて蝶は蛹から這い出し、最初は頼りなかったが、やがてふわふわと羽ばたいていった。

それを見届けて、ようやく俺は息を吐いた。


「なっ、見てよかっただろ?」

隣を向けば、自信満々に胸を張った竹谷がいた。無愛想な俺とはどこまでも正反対な竹谷。俺なんかにこの光景を見せるために必死に走ってきたのかと思うと、なんだか可笑しくなって──



気づけば俺は笑っていたらしい。




「やっと笑った…!」

竹谷はそう言って蹲ったかと思えば、間髪入れずに勢いよく上がった顔が本当にうれしそうなお日様みたいな笑顔で。

俺がほんの少し笑っただけで竹谷のこんな笑顔が見られるのなら、──笑って過ごすのも悪くない、そう思った。



***

一年生の頃の出合いはこんな感じかと。
元気っ子竹谷にしてみれば笑わない久々知は不思議な存在で、ただ単純に「笑った方が楽しいだろ?」みたいな感じだと思ってます。
竹谷と打ち解けるにつれて、竹谷→八左ヱ門→八って呼び名が変わっていけばいいなと思います^^


2011/6/19