キースと昼食
「…貴様がキアナの妹か」
「は、はい。シィナです」
そうか、と頷いたのは、現在この調査兵団の団長を務めているキースさんだった。
ミケさんとの訓練の合間に少し遅い昼食を食べていたら、キースさんもご飯を食べに食堂にやって来た。そして私を見たキースさんは、私の近くの席に座りそう言ったのだ。
正確には妹ではないのだけど、境遇的には似たようなものだし、便宜上そういうことで話を合わせてほしいとエルヴィンさんからもお願いされているので、私は頷いてみせる。
「…兵士になるそうだな」
「あ、はい。でも今は、」
「知っている。訓練をしているのだろう、まずは訓練兵団で生き残るために」
食事を続けながら淡々と言ったキースさん。
普段あまり接する機会がないし調査兵団の団長ということもあって実は少し苦手だ。…顔がいつも怖いし。
「時に、貴様のあれはどうにかならんのか」
「へ?あ、あれ?」
「対人格闘だ。…あれを格闘と呼ぶなら、だが」
この時初めてキースさんが表情を崩した。まるで呆れかえった顔。
キアナも拾ってもらったばかりのころ、よくこんな顔をしていた。見覚えがありすぎる。
そして、こんなことを言われるのにも悲しいことに慣れっこだ。
「あの、自分でも何とかしようとは思ってるんですけど…」
「向かってくる相手をことごとく躱して逃げることをか?聞けば、ここまで毎回そうらしいが」
「…はい」
東洋人らしい私は、よく人買いに絡まれた時期がある。そのときキアナに仕込まれたのが、相手を躱して躱して、隙あらば逃げることだった。
出歩くときはなるべくフードを被るようにしてから回数は減ったけれど、やっぱり見つかることはあるわけで、意外とこれが役に立ったものだから癖になってしまっているらしい。
キースさんの指摘通り、これまでの訓練でもことごとく相手を躱し続けて、今日のミケさんとの訓練でもそれが原因でミケさんを困らせてしまった。
ちなみにリヴァイさんとの訓練では逃げるたびに捕まって投げ飛ばされている。あの人の機動力は半端じゃない。けれど、根本的な解決になっていないのでやっぱり困らせてしまう。
「全く、キアナも余計なことを仕込んでくれたものだ」
「す、すみません…」
頭を下げると、キースさんは溜息をついた。
「…頭をあげろ、謝ることはない。以前のお前には必要なものだったのだろう。だが、巨人が相手になった時は逃げるわけにはいかない。それは分かっているな?」
「はい」
「ならばいい」
どこか満足そうに言って、キースさんは席を立った。いつの間に食べ終えたんだろう、私はさっきからほとんど食べられていなかったのに。
驚いている間に食器を片付けたキースさんが、私の名前を呼んだ。
「シィナ・ローゼス、訓練に励め。…貴様の成果を期待している」
「は、はい!」
かけられた言葉に、私も立って頭を下げた。同時に、遠ざかる足音。
顔をあげたとき、そこにはもうキースさんの姿はないけれど、もらった言葉はしっかり残っている。この後の訓練も頑張ろうと思える私は現金だなぁと一人で苦笑した。
そしてこの出来事からしばらく経った頃。エルヴィンさんが第十三代調査兵団団長となった。