調査兵団と酒A

間もなくここを離れるシィナのために送別会を開こうと提案したのはハンジだった。
壁外調査を終えてまだ日が浅いこともあり、兵士たちにとってもいい気晴らしになるだろうと判断したエルヴィンが頷いたのも納得がいく。

2年という歳月をこの調査兵団で過ごしたガキは、多くの兵士たちから可愛がられている。
自分の訓練に励む傍ら積極的に他者の手伝いも申し出て、いい手際でこなしていくシィナはいつの間にか、しっかり調査兵団の一員となっていた。

だから俺も、その提案に異存はなかった。
提案の段階だというのに、あいつの嬉しそうに笑う顔が簡単に想像できた自分が意外すぎて驚いたのは記憶に新しい。


実際俺の予想は当たっていて、シィナは騒がしい食堂だというのに嬉しそうに笑っていた。
ハンジが勧めた酒を一口飲んで「おいしい…」と呟いたガキに、酒の味が分かるのかと面白くなって俺も酒を勧めはじめたのが今から約一時間前。


「ん…」


緩みきった赤ら顔で机に突っ伏すシィナは完全に出来上がっていた。
弱いな、と呟くと一時間も飲ませ続けたんだから当然だろう、とエルヴィンが溜め息をつく。

少量ずつではあったが、勧めた酒の中にはかなり度数の高いものもあったことを思い出して、しまったと内心舌打ちをした。


「シィナ、ほら。水を飲みなさい」


甲斐甲斐しくガキの世話を焼くエルヴィンは傍から見れば父親のようにも見えなくもない。
そんなことを考えて、俺も多少酔っているのかと自覚する。


「んー…、もう飲めませんー…」

「そんなことを言わずに、な?」

「…じゃあ、飲んだら頭撫でてくれますか?」

「ああ、お安い御用だよ」


ぼんやりした目でエルヴィンを見上げて、シィナはそんな要求をする。エルヴィンは笑顔でそれに応じて、ガキに水を飲ませた。
コップ一杯の水を飲みきったところで、エルヴィンが「偉いぞ」とその頭を撫でる。


「…はんじさんもー」

「あはは、シィナ可愛いっ!いくらでも撫でてあげるよー!」


むしろハンジの方が嬉しそうだ。


「みけさんー」


催促するように名前を呼ばれて、ミケまで素直に従ってやがる。


「…シィナは酔うと甘えたになるんだな」

「そのようだな」

「かわいすぎるよシィナー!」

「んー…」


ミケに頭を撫でられていたガキは頭上で交わされる会話を歯牙にもかけず立ち上がり、なぜか俺の前にやってきた。

…まさか。


「りばいさんもー」

「断る」

「…なんでですかぁ…?」


予想通りの言葉に即答して、酒の入ったグラスを煽る。
悲しそうに眉を崩したシィナが今にも泣きそうな声でそう言ったが、呂律も回らないような酔っぱらいの言うことなど気にしてやる義理はない。


「…?」

「あ?」


ガキが何かぼそぼそと呟いた。だが声が小さくて聞こえない。すると今度は、俺に背を向けて食堂を出ていこうとした。
慌ててエルヴィンとハンジが捕まえる。流石に俺も驚いて椅子から立ち上がった。


「ちょ、シィナ!どこに行くの!」

「お風呂入りますっ」

「お風呂?なんで?」

「だって、ちゃんと綺麗にしないとりばいさんが頭撫でてくれない…」


ついに泣き上戸と化したシィナは、あろうことか俺を指さしてそう言った。

エルヴィンが咎めるような表情を、ミケが見下すような視線を、ハンジがにやにやした気持ち悪い顔をそれぞれ俺に向ける。


「リヴァイ、シィナの頭を撫でなさい」

「断る」

「…リヴァイ」

「断る」

「いいじゃん、ちょっと撫でるくらい!」

「断る!」

「いいんです!」


苛々しながらエルヴィンとミケ、ハンジに答えていると、シィナは言った。


「私が、綺麗にしてないのがいけないんです…」


これは流石に良心が揺らいだ。
この2年で俺はとことんこいつに甘くなってしまったらしい。

溜息をついてシィナに近づく。そしてためらいながらも、その頭に手を置いた。


「…満足か?」

「…はいっ!」


本当に軽く、撫でたと言えないような手つきだったのに、それでもシィナは嬉しそうに笑った。
そのまま、ミケに支えられながら幸せそうに眠ってしまったガキに、気楽なもんだと溜め息をつく。


さて、ニヤニヤ笑うこの3人をどう黙らせたものか。

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