ジャンはミカサが好きだ。 それは彼の一目惚れによるもので、意外と一途に想い続けている。
そんなジャンを知っている私は、彼が好きだ。 最初は全然好きなんかじゃなかったのに、いつの間にかミカサを目で追うジャンを、さらに私の目が追いかけるようになっていた。
エレンと喧嘩している時の少し怖い顔、座学の時の眠そうな顔、立体機動で飛び回っている時の自信に満ちた顔。
全部全部、目が追っている。たまに目が合うと気恥ずかしくて、べーっと舌を出したりなんかして。 ジャンの苛ついたような顔を見るたび、可愛くない自分が嫌になった。
「…だからって、毎回僕のところに来られても…」
苦笑するマルコは、私に綺麗に畳まれたハンカチを渡してくれる。私の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
私とジャンの共通の友人であるマルコは、私の気持ちを知っている。だから、あんまり自分が嫌になった時はマルコに愚痴を聞いてもらって、最終的に泣くようになってしまった。 自分がこんなに泣き虫だと知ってショックだったけれど、出てきてしまうのだからどうしようもない。
「…っく、ごめ、ね、マルコ」
「うん、いいよ。もう慣れてるし。ほら、ちゃんと拭いて」
握りしめるだけで一向に役に立たないハンカチを奪って、少し乱暴にマルコは私の目元を拭う。
暗転する視界の中にミカサを目で追うジャンの姿が浮かんで、目の奥がじんわり熱くなった。
とめどなく溢れる涙のせいで、マルコのハンカチまでぐしょぐしょになってしまう。いつもみたいに溜め息をつかれるな、と思っていたけど、いつまで経ってもそれは吐き出されなかった。 代わりに目の前が明るくなって、「ジャン、」とマルコの声が。
え、ジャン?
「あー…悪い。邪魔した」
マルコの視線の先にジャンが居る。物凄く困ったような顔をして、私たちから目を逸らして。
「ちょっと待て、ジャン」
「なんだよマルコ、悪かったって言ってんだろ。言いふらしたりしねぇから安心しろよ」
「だから待てって。それこそ勘違いだ」
「勘違い?」
私にハンカチを押し付けながら、マルコはちゃんと話した方がいいよ。と言った。そのまま、呆然とする私をジャンの方へ押しやって一人で戻って行ってしまう。
何、この展開。
ついていけなくてぽかんとしている私に、ジャンの目が向いた。
「…なんで泣いてんだよ、お前は」
「ジャンには、関係、ない…」
「人がせっかく気ぃつかってやってんのに。ほんと可愛くねーな、お前」
そんなの知ってる。誰よりも私が一番。でも、ジャンには言われたくなかった。 だってそうさせているのはジャンだから。
「…悪かったわね、可愛くなくて。でもジャンが可愛いって思うのはミカサだけでしょ」
「な、なんでミカサが出てくんだよ!」
「ミカサのこと好きなくせに」
知ってるんだから、と言えばジャンの顔が顰められた。エレンと喧嘩するときと同じくらい怖い表情をしている。 あまり向けられたことがないからか、少したじろいだ。
「…俺がいつミカサを好きだって言ったんだよ」
「え、?」
「いい加減気付けよ、この鈍感。俺が好きなのはお前だ」
「…は?」
鈍感? 誰が誰を好きって?
理解できなくて何も言えない私の手からマルコのハンカチを取り上げる。 そのままそろりと這わされたジャンの親指が、ハンカチの代わりに涙を拭いた。
「好きだ、ナマエ」
何でマルコの前で泣いてんだよ、と呟いた声が思いのほか近くて、顔に熱が集まる。 真っ赤になった私の顔を見て、今度はジャンが「は?」と目を瞬く。
恥ずかしさに耐えられずにぱっとジャンから逃げた。
「だって…いつもミカサ見てるじゃん!」
「し、仕方ねえだろ、あいつの髪綺麗なんだからよ!」
「か、髪?」
「おう」
え、ジャンって髪フェチなの?…いや、私は騙されない!
「そ、それに、いっつも私に可愛くないって言う!」
「可愛くねーだろ、お前の性格!何で目が合っただけで舌出されなきゃならねぇんだよ!」
「だ、だって、ジャンはミカサのこと好きだと思ってて…!」
本当に、ジャンは私のことが好きなの? 見上げていたジャンの顔も、いつの間にか赤い。
「…で、お前は?」
嬉しい。恥ずかしい。心臓が痛い。 嬉しい。嬉しい。嬉しい。
「私、も…っ、ジャンが、好き…!」
折角治まっていたのに、また涙が溢れてくる。ジャンは大きく溜め息をついて、手で顔を覆ってしまった。
「なんだよ、結局そういうことか…」
「そ、そういう?」
「…お前はマルコが好きなんだと思ってたんだよ」
恥ずかしそうに言ったジャンも、もしかしたら不安だったのかもしれない。 なんだ、ジャンも私も同じだったんだ。
「とりあえず、これから泣くのは俺の前だけにしろよ」
「…うん!」
花がまばたく、吐息が綻ぶ (君が笑えば華が咲く)
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