06

「おばあちゃん、ホットミルクつくってきたよ。飲める?」
「ええ。ありがとうアスティ」

湯気立つマグカップをベットサイドのテーブルに置いてから、おばあちゃんが上半身だけ起き上がろうとするので背中を支えて手伝った。おばあちゃんの体はアスティが大きくなるのに比例してどんどん小さく、弱々しくなっていく。

アスティが14歳の誕生日を迎える頃には、おばあちゃんはすっかりベッドの上で生活するようになってしまった。お薬を作るのは魔法で物を動かせるので、問題はないが、おばあちゃんの吐き出す小さなせき1つにさえ、アスティは涙がでてしまいそうだった。

「ねえ、アスティ。すこしお話ししましょう」

ある日の夜のこと。その日は満月だった。おばあちゃんはそんな満月を見上げていた。月明かりが窓から差し込むので、おばあちゃんの銀色になった髪の毛がキラキラしていてまるでお星様のようだなんて、どこか頭の片隅で考えていた。アスティを呼ぶ声が、なんだか心細くて、はかなくて。返事をするのに時間がかかってしまった。

「うん。なあに?おばあちゃん。」

レジーナはそっとアスティを近くへ寄せて、すっかり細くなってしまった自分の指を、アスティの頬に滑らせた。そして、愛おしさを、彼女の愛をたっぷりこめて傷ひとつない真っ白なアスティの手を握った。

「マジックアイランドのおとぎ話は知っているね?そう。よかった。絵本があるものね。あれはね、本当にあった事なのよ」

「本当に?」

「ええ。14年前。ちょうどアスティが生まれた日の次の日。おかしいと思ったわ。ただ魔法使いというのは困ったもので、素直なおバカさんたちばかりでね。なんの疑いもなく、海軍たちの招集令に従ってこの島に集まってきたの。遠くにいる魔法使いたちもよ。わかるかしら。つまり、海軍が魔法使いたちをこの日にこのマジックアイランドへ集めろと言うから、何事かとみーーんな素直に帰ってきちゃったの」

「うん」

「だまされたのよ」

「だまされた?」

「そう。みんな広場に集められてね、街も村も人も全部。全部焼け野原よ。訳もわからず、大勢の海軍たちが押し寄せてきて、訳もわからずたくさんの仲間たちが殺されていった」

「やり、返さなかったの…?」

「じゃああなたならする?」

「…」

「ふふ。アスティは本当に魔女の子ね。そうなのよ。厄介なことに魔法使いたちは武力行使じゃなくて話し合いで事を収めようとするのよ。いつの時代も。大きな力を持っているから。大いなる力を持つものは優しくあれってね、昔からの仕来りよ。ばかでしょ。殺されても殺されても、話せばわかるって。分かるはずがないわ。向こうも命令に逆らったら殺される。生きるか死ぬかだったの」

「うん…」

「ただ、あなたの…あなたのママとパパを…殺された時は…さすがにね」

「うん…」

「憎かった。なぜ害のない魔法使いたちを亡くさなければならなかったのか。勝手な解釈で、勝手な物差しで事を見て欲しくなかった。けれど悲劇は怒ってしまったの。わたしたち以外の魔法族は、この世から消えてしまった。おばあちゃんはね、アスティ。あなたがいたからこうして生きている。もうダメだとおもった。娘も殺されて、もう生きて行く意味がないとおもった。でも、あなたが。あなたがいたのよ。胸に。わたしはあなたを胸に抱いていた」

レジーナは、まっすぐにアスティを見つめていた。

「あなたのために、生きなくてはとおもったの」

涙がポロポロとあふれた。レジーナはアスティの大きな瞳から次から次からでてくるそれをそっと親指で拭った。

それがこの島の悲しい歴史なの。おばあちゃんはそうささやくと、アスティがさっき持ってきたホットミルクがはいったマグを口元へ寄せた。すこし冷めちゃったわね、残念。そう言うとゆっくりと口へ含む。味わってから飲み込むと、ほほえんだ。

「おいしいわ、ありがとう」

その笑顔がなんだか、今にも消えてしまいそうで、不安でアスティは慌てておばあちゃんの手を力強く握り返した。

「おばあちゃん、おばあちゃんが死んじゃったらお星様になっちゃうの?」

不安で、不安でしょうがなかった。アスティの人生には、もうどうしたっておばあちゃん無しでは考えられないのに。無意識に顔をうつむかせてしまう。
あなたなしで、どう生きていけばいいの?
まるで豆電球の光がぱっと切れてしまったかのような。辺りが何も見えなくなってしまうかのような。

「おばかさんね、おばあちゃんは死なないわよ」

アスティは顔をあげた。

そこには月の光をまとった、キラキラした、うら若い、女の人がいた。

「おばあ、ちゃん…?」

けれど瞬きをした次の瞬間、女の人は消えてそこにはやっぱりおばあちゃんがたたずんでいた。

「アスティのママやパパだって死んでなんかないわよ」
「…うん」
「ママやパパは、アスティがどこにいても見つけられるようにってお星様になっちゃったけどね」
「うん」
「おばあちゃんはお星様になんかなってあげないわよ」
「なんでぇ…」
「ふふ、またアスティに会うため」

アスティの大好きでだいじで、ずっと一緒にいたい、おばあちゃんが、そこにいるのだ。

ほら、おばあちゃんたくさん生きてきたから身体はヨボヨボになっちゃったでしょ?だからアスティと一緒に冒険に行けないじゃない。だから、こころはずっとそばにいて、体だけお休みするの。また生まれてきて、またアスティに会うのよ。そしたら、おばあちゃんと一緒にいろーんな島を回りましょう。何よ。嫌なの?

でしょ?ステキでしょ?
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