05

いつも通りだった。

「ッハァ、ハァッ…」
「アスティはやく!!」
「わかってるよぉ…!」

息が切れるし、喉がヒューヒュー鳴る。
アスティは全く初めてきた島を今までないくらい猛ダッシュしていた。ほうきがかさばって走りにくい。あーもう!!縮小魔法の1つや2つ覚えておけばよかった。下唇をかむ。いつも通りという状況は転じて油断を生みやすいもので、13歳になった彼女も例外ではなかった。

今朝だっていつ通り。
いつも通り、マジックアイランドに朝日が昇って少ししたら、眠気まなこでフラフラしながらアスティとロッソが二階から降りてくる。顔を洗った後に、歯を磨きながら東に昇る暖かな朝日の光を全身に浴びて、目一杯伸びをして、今日も一日がんばるぞと気合いを入れる。口をゆすいで、髪をといたらキッチンからいい香りがしてくるから、釣られるようにしてリビングに行く。おばあちゃんにおはようのキスとハグをして、暖かいスープと朝ごはんをたべる。今朝は小松菜のサラダと目玉焼きとベーコンとおばあちゃんが作ったクロワッサンだった。サクサクで、フワフワでバターの香りが香ばしくて何個も食べてしまった。

それからまたいつも通りおばあちゃんから預かったお薬をいつも使っているショルダーバッグにいれる。今日は少し遠くの島へお届けするから、サンドイッチと今朝のスープの余りをビンに入れてもらう。スープが冷めないようにと、おばあちゃんが保温魔法までかけてくれた。

だいすきなタマゴサンドだっただけあって、ウッキウキしながらひとっ飛び。
いつも通りひっそりと島に降り立つつもりだった。

「ま、魔女だぁー!!!!!」

まさかそんな、いままで100発100中で誰にも気付かれずにサッと降りてサッとお届けしてきたのに。気分はさながら、プロフェッショナルだったのに。

「どこだー!!!魔女ー!!!」
「おい!ほんとうに魔女がいたらしいぞ!」
「ゾロを呼べよ!とっちめてやろうぜ!」
「おーーーい魔女がいたってよ!!」

ひとまず茂みに隠れてその場をしのいだが、なんせ土地勘ゼロな上に世間知らずの箱入り娘。こんなときどうしたらいいかなんてサッパリわからない。頭がグワングワンしている。不幸中の幸いで、騒いでいるのは第1発見者を含むあの先がとがってない刀の様なものを持っている、アスティとおんなじ様な年頃の子たちだけ。大人が混ざってないだけマシだった。

「アスティ、どうする?」
「どうしよう…」
「また今度にする…?」
「で、でも…お薬はちゃんとお届けしたいの」
「帰ろうよお、危ないよお」

ロッソはぴるぴるとヒゲを震わせながら辺りを警戒している。それを見て、ほうきをぎゅっと胸元で握りしめる。こぶしは手汗でびしょびしょだった。中途半端に投げ出したくない。でも足がすくむし何よりここから動く勇気もない。

「ね、ねえアスティ」
「なに…?」
「さっきからあいつらゾロだゾロだって言ってるけど…」
「うん…」
「誰のことだろう…」
「わ、わかんない」

わかんない。わかんないけどきっと…こんな…。

2人の脳裏でえげつない悪人面のバケモノ様な人物がケケケと笑っている。きっと昨日の夜読んだ、「怖い顔の海王類100選」という本のランキング1位に君臨する海王類の様な顔をしているに違いない。そんでもって血は緑色してる。きっと。と身震いする。
身震いついでに、アスティの鼻がムズムズし始める。さらに運悪く、彼らの声も近づいてきてしまっている。

ロッソが青ざめて首をブンブン振った。
あ、だめ。

「はっくちゅん!」

「!!!」
「こっちだ!!!おい!!こっちだぞ!!」

うわあああやってしまった!アスティとロッソは急いで飛び上がって、またなりふりかまわず走り始めた。

「ああああごめんんん」
「ばかアスティー!」
「うわああああん」
「とととととりあえず丘に木陰があるから、裏に回ろう!」
「わかった!」

こうなったらなりふり構ってられない。次の曲がり角を曲がったところでほうきに乗ってすぐにこの場から離れよう。

アスティは無我夢中で丘の上を目指した。もう怖いのはうんざりだという気持ちと早く届けて帰ってしまいたいという気持ちを半分ずつ抱えて飛べば、どこいったー!と叫ぶ声がする。うまくまけたようだ。
フラフラになりながら丘の上へたどり着く。そよ風が心地いい所だった。木陰まで行って一休みしよう。そうしよう。

やっとこさ木陰までたどり着いてすぐに体を地面へ投げだした。余計に魔力を使ってしまったし、魔力というか気力も削がれた。アスティの体は無気力にスルリとほうきから滑り落ちる様に落下した。だいじょーぶだいじょーぶ。やわらかい野原が受け止めてくれる。そう安心しきっていた。

「ヴッ!?」
「ゴフッ」

フワフワの草花の上に落ちるかと思いきや、何か固い物に鼻を強打した。スンと鼻を嗅げばほのかに汗の香りがする。
サァと顔から血の気が引いてゆくのがわかった。驚きで声もでない。まさかこんな。こんな所で男の人が寝ていると誰も想像しまい。大の字で寝ていたらしく、その真上から降ってきたアスティの顔が彼の鳩尾を直撃したらしい。今は背中を丸めてゴホゴホとせき込んでしまっている。慌てて彼の背中をさすりながらごめんなさいと謝ることしかできない。そうだよね、眠っている時の衝撃ってきついよね。ロッソがよく眠っているアスティの腹の上に飛び乗るので気持ちは痛いほどわかる。涙すら出てきた。大丈夫ですかと聞く声も震える。

彼はゴホンと最後に大きくせきをしてから、ゆっくりと顔をこちらに向けた。

「ヒェッ…鬼…!」
「あぁ!?だれが鬼だ!」

***

「追いかけられてただあ?」
「はい…」
「あーもう、目擦んな。腫れるぞ」

グズリと鼻を鳴らしてから、袖口を伸ばして目尻に残る涙を拭おうとすると、彼、もといロロノア・ゾロに止められた。泣く子も黙るゾロとは、この男のことだったのだ。ちなみに血は緑じゃないらしい。(髪は緑なのに?と聞くと、髪と血の色関係ねえだろ!と怒鳴られた)

あの後、振り向いたゾロの目つきの鋭さといったらアスティが10人束になっても敵わないくらい、それはそれは怖くて、恐怖のパラメータが振り切ってしまい、ついには泣き出してしまった。殺されるぅぅうー!と叫びながら。慌てた彼は殺さねえわ!と叫ぶがそれすら怖くて余計泣き出す始末。困った彼は頭をかきながらため息をはくと、アスティの背中をさすり始めた。

彼の見た目からは想像もできないような暖かな手のひらの温度と優しい手つきに、ゆっくりと落ち着きを取り戻すことができたのである。

「多分そいつらおれが通ってる道場の奴らだ」
「どうじょう」
「おう。剣術の道場」
「けんじゅつ」
「おまえ何も知らねえのな」
「…」

アスティは自分が何も知らないと言われて、納得してしまった。外の世界について何も知らないのは無理もないのだ。仕事で島に行ったとして一緒にいるのは猫のロッソだけで、物珍しいものを目にしたってそれについて詳しく知るすべがない。わからないことは家に持ち帰っておばあちゃんに聞くのだが、いかんせん、どのように説明したらいいのかもわからない。

アスティのわからない、知らないことは世界中にあふれかえっている。

「そもそもなんで追いかけられてたんだよ」
「う、うーん」

困った。まさか自分が魔女だからですと馬鹿正直に言えるはずもない。どうしようかと頭を抱えていると、ゾロは左手の手のひらに右手で作った拳をポンとのせた。あ、それ見たことある。

「おまえ違う島から来ただろ。あいつらよそモン嫌いだからな」
「あ、うん。そう、そんな感じ」

あながち間違いではない。よかった。何だかうまくいった。ふう、と冷や汗を拭う。はやくお家に帰りたい。ゾロはうんうんとうなずいて、何で違う島からわざわざ来たのかとアスティの鼻をつまんだ。祖母の使いでゴードンさんというおじいさんの所へ花粉症のお薬を届けに来たことを鼻声で伝えると、つまんでいた指をパッと離して、だったら見つからない様に手助けしてやると立ち上がった。

「ほんと!?」
「おー、おまえ弱そうだし」
「ぉ、ぉうん…」

***

「あっ、ゾロ!おまえどこに居たんだよー!」
「あ?」
「今日すげえのがこの島に来たんだぜ!」
「おうすげえの!」
「なんだよすげえのって」
「なにって、なあ?」
「聞いて驚け。魔女だよ!マ・ジョ!」

「魔女ォ?」
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