04

おばあちゃんは優しくて、強くて、大きくて、清らかで、愛おしくて、尊い。世界中の大好きを集めても足りないくらい、アスティは彼女のことを愛している。彼女もアスティのことを愛している。

アスティはウソをつけない。おばあちゃんが、「悪いことをしたならば素直に言って反省すればいい。ウソをついてはいけない。絶対に」と言うものだから、いつしかほんのちょっとのことでもウソがつけなくなった。

あいも変わらず、おばあちゃんの代わりにお届け物をほうきで運ぶ日々を送っていた。
誰にも気づかれずにひっそりと島に降り立ち、宅配の品を渡して、お代とたまにお菓子をもらって家に帰る。初めの頃はドギマギしていたけれど、いつの日からか芽生えた知識欲がどんどん膨らみ、今では帰りに観光なんて事も珍しくはない。

自分がいろんな島で見聞きしたことは、島に帰っておばあちゃんに1から10までぜーんぶ話した。面白かった事は一緒におなかを抱えて笑い、悲しかった事は一緒に胸を痛めた。

さて、そんなアスティが11歳の誕生日を迎えた時、おばあちゃんと一緒にケーキを作った。たくさんたくさんフルーツを乗っけて、クリームも泡だてて。作りながらおばあちゃんはあの、まん丸でツルツルした細いメガネを拭きながら、魔法石について教えてくれた。

魔法石とは魔法使い自身の魔力の源であり、原点。石の持ち主によって姿形は異なり、魔法使いの子はみなこの石を握って産まれてくる。1日に使える魔力には限りがあり、使えば使うほど、魔法石のてっぺんから色が消えていく。持ち主本人が満足した!と感じるまで眠れば、魔力はよみがえる。逆にすっからかんになるまで使ってしまえば、充電が切れたかのように気を失ってしまう。魔法石は肌身離さず持っていること。手放してしまえば魔法は使えなくなってしまう。

アスティはこの話をされた時、妙にあっさり理解できた。何故だかそんなことは昔から知っていたような気がするのだ。おばあちゃんにそう話すと、あなたも魔女の子ねえと髪の毛をクシャクシャにされた。

***

ついこの間の出来事を思い出しながら、海の上を飛んでいた。ペンダントにして首から下げている魔法石を引っ張り出してよく眺めてみる。

「アスティ、どーしたの?」
「んー、キラキラしてるね」
「そうだねぇ」

魔法石は立体的なトランプのダイヤのような形をしている。先の方が透明になっていて、魔力の消費を表していた。

アスティの魔力の色は白である。おばあちゃんがこれはまだまだ無知であるからだと言っていた。この先、人生の酸いも甘いも経験したら、わたしの魔力はどんな色になるのだろう。こんな時、お友達がいたら、魔力の色何色?なんて聞いて笑いあったりできるのだろうか。思い当たる友達といえば、ロッソと最近拍車がかかって太ってきたあの子ウサギとその子分たちと、いつかの島であったルフィという少年くらいしか思いつかない。

あの後アスティはフーシャ村へもう一度行ったのだが、そこにルフィの姿はなかった

「ルフィどーしてるかなあ」

ぽつりとつぶいた声は波の音にかき消されてしまう。魔法石を再び服の中へしまうと、もうあとひとっ飛びだとほうきをしっかり握った。

友達ほしいなあ。

***

アスティは宅配を終えて、小さな丘で一休みしていた。風通しが良くて伸びた髪をサラサラとなびかせる。ロッソも心地がいいのか仰向けになって寝っ転がっているアスティの腹の上にチョコンと座っていた。2つにわかれた尻尾がゆらゆら揺れている。

なんだかとっても静かな町だと思った。
道行く人たちの顔には暗い影が落ちていて、とっても幸せに暮らしている様には見えなかったし、よく見れば皆んなボロの服を着ていたり、痩せていたりしていた。

届け先は町の北にあるおばあちゃんの知り合いの老婆のお家で、孫の解熱剤を頼まれていた。ノックすれば心底安堵した表情のおばあさんが迎え入れてくれて、お薬を渡せば震える手で受け取ってもらえた。おばあさんは、アスティのおばあちゃんよりもだいぶ年上の様に見えた。背中が丸まっていて、最近背が伸びたアスティよりもちっちゃいくらい。

代金をいただこうとすると、今は持ち合わせがこれぐらいしかない、と数枚のコインを取り出してアスティの手のひらへ乗せる。残りは絶対払うから今はどうかこれで許してくれ、と頭を下げられたのだ。アスティはすこし考えてから、コインをおばあさんへ返した。

「おだいは入りません。大丈夫です!」
「ええ、でも…」
「いいんです。何とかごまかします!」
「ああ…ありがとう、ありがとう」

おばあさんはアスティの両手をとっておでこへくっつけながら、感謝の言葉を何度も何度も繰り返した。彼女の頬には涙が流れていた。

何か訳ありの村なのだろうか。

ところでここは海が一望できる。すうーーと大きく息を吸うと、どこからかみかんの香りがした。腹に空気が行くので、ロッソがゆっくり上にあがるのが面白い。少し笑ってしまう。みかんか〜、ん〜、おいしそう〜。

「誰かいるの?」

寝っ転がってのんきに深呼吸なんかしていたアスティは、突然降ってきた声にビックリして飛び起きた。ロッソも同じく、アスティの陰に潜む。

「あなた、誰?」

この村の子じゃないわよね、訝しげにこちらを見るオレンジの髪の女の子がいた。アスティと同じくらいか、少し上くらいだろうか。肩あたりまでのしなやかな髪がくるりとしているので、癖っ毛なのがよくわかる。みかんの香りが強く香った様な気がした。

「もしかして、みかんもってる?」
「…は?」

あ、まずったな。

アスティは思ったことをそのまま口に出してしまう癖を今この瞬間治そうと決意した。が、もう遅い。女の子は眉間にシワを寄せてしまっている。アスティはこんなに近距離で歳の近い女の子を見たことがなかった。女の子はキャミソールにショートパンツというラフな格好で、手ぶらなのが見て取れる。うん。みかん、持ってないですよね。ははは。乾いた笑いがむなしい。女の子は鋭い目つきのままアスティに問いかける。

「あなた誰」
「あ、えっとアスティ。こっちはロッソ」

なんとかこの場を和ませようと、嫌がるロッソを前に出す。ロッソはすぐにまたアスティの陰に隠れてしまった。

「ふーん。どこからきたの」
「うーんと」
「どこからきたの」
「えっと…」
「ど こ か ら き た の」
「マジックアイランドです」
「…はあ?」

まって。こっわ。女の子恐怖。ええ…これ皆んなこんな感じ?怖。アスティはすぐに逃げられるように近くにあったほうきを思わず握ってしまった。女の子はその様子をみると、さらに眉間のシワをぐーっと寄せてしまう。

「下手なウソつかないでよ」
「本当だよう…」
「じゃあ魔法石もってるわけ?」
「えっ、魔法石しってるの?」
「ええ。本で読んだもの」

す、すごい!女の子ってみんな何でも知ってるのか!あ、おとぎ話があるくらいだから、知ってるか!!勝手に親近感を覚えた矢先、ほら、見せてみなさいよと手のひらをずい、と近づけられる。もうわけがわからない。こわい。

「はい…」

わけがわからないままに、3分の1ほど輝きの減った魔法石を服から引っ張り出して見せる。女の子はその魔法石をじぃー、と見つめるとさっきの怖い顔がウソのようにぱあっと笑顔を咲かせた。

「じゃあ、あなたブラウンさんにお薬を届けに来た魔女さん!?」
「えっ、う、うん…」
「本当にいたんだ魔女ー!!!あ、わたしの名前はナミよ!うわー!感動ー!」

ものすごい勢いで手を握りられて、ものすごい勢いで上下に揺さぶられる。パワーが…すごい…。よ、よろしくと伝えると顔をずいと近づけられる。

「あなたの魔法石ちょうだい!」
「ええ!?だめだよ!?」

何を言い出すんだナミちゃんは!もう彼女の言動は突拍子もなくてハラハラする。魔法石を守るように握ってサッと彼女から離す。ナミちゃんはというと、だよねー、くれるわけないわよねえー、とアスティがさっきしていたように丘の原っぱの上に倒れた。手足がすらりとしていて、うらやましいなと頭の片隅で思う。

「じゃ、その猫ちょーだい」
「だめだめだめ!」
「高く売れると思ったんだけどなあ」
「売るつもりだったの…」
「うん」
「お金がいるの?」
「そう。入り用なの」
「どれだけいるの?」
「1億ベリー」
「ブッ」
「ブッ」

別に何も飲み込んでいないが意味もなく吹き出してしまった。服にしがみついていたロッソも吹き出した。ナミはなによーといって隣に座るアスティの腕をかるくはたいた。痛くはない。

「なんでそんなにお金がいるの?」
「うーーん、村をね」
「うん」
「買うの」
「村を?」
「そ、村を」

村とは、さっきの村だろうか。ナミの顔を盗み見ると目を閉じて口を固く閉ざしてしまっていた。

あれ?

「泣きたいの?」
「はぁー?何でよ」

アスティにはそれが、今にも泣きそうな顔に見えたのだ。ひっしに何かに耐えているかのような、苦悶の表情。彼女は何か人に言えない大変な苦労を背負って生きているのだと、その表情が物語っていた。

「ねえ」
「なによ」

さあさあとそよ風が心地いい。

「苦しいね」
「…っ」

返事はなかった。けれど、ナミちゃんが息を飲んだのを感じ取った。彼女の手をゆっくりと握った。固く握り締められた拳は血が止まってしまって、白くなっている。そんな手の甲を見つめて、なでて、アスティは続ける。

「1人はくるしいよ、ナミちゃん」
「ったに…」
「え?」

「あんたになにがわかんのよ!!」

バッと手を振り払われてしまった。それから次の瞬間には肩をドンと押されて、鈍臭いアスティはそのまま押し倒されてしまう。びっくりしていると、ポタリと頬には暖かいしずくが落ちてきて、視線をナミちゃんの顔へやる。

「あんたに…なにがわかんのよお…」

アスティはこのナミという少女がとっても愛おしく思えた。とっても苦しそうにしていて、助けたいと思った。悲しみから救ってあげたいと。であったばっかりで、時間だって言ってしまえば一瞬だけれど、そう思ったのだからしょうがない。

「わかりたい」
「…っ!」
「ナミちゃんのこと、わかりたい。友達に、なりたいよ」

ナミその言葉を聞くと大きく顔をゆがめて大粒の涙をあふれさせた。アスティが彼女の震える肩をゆっくりと抱きしめると、ついにしゃっくりをあげながら泣き出した。大きな大きな声で、泣いた。アスティも大好きなおばあちゃんがいつもしてくれるように、一緒になって大泣きした。

2人とも落ち着いて泣き止む頃には、何だかスッキリした気分にやってしまって、クスクスしてしまって、だんだんとお腹の底から大笑いしてしまった。完全にネジが飛んでしまったのだ。でも、それでいい。それが正解なのだとアスティは目尻にたまった涙をすくいながらヒーヒー笑った。

それから、ナミの話をいっぱいきいた。村のこと、アーロンという魚人のこと、育ての親であるベルメールさん、義理の姉であるノジコのこと。たくさんお話した。アスティも、島のこと、魔法のこと、おばあちゃんのこと、ロッソのことを話した。2人で何回もおなかを抱えて笑った。

「ねえ、アスティ」
「なあに?」
「わたし、妹ほしかったのよね」
「妹?」
「ええ。アスティはわたしの妹ね」
「ええ!友達は!」
「ばかね、友達であり、妹でもあるのよ!光栄に思いなさい」
「えっ、やったあ!」

真剣に喜ぶアスティの顔をみて、ナミはまたプ、と吹き出す。ハテナを浮かべるアスティの顔を見て、また笑いがこみ上げてくる。クククと肩を震わせるナミに、アスティもうれしくなった。

「ねえ、またあいにきてよ。絶対」
「うん!もちろん!!」
「絶対よ」
「うん、絶対」

ナミはアスティをもう一度抱きしめた。ありがとう、とつぶやくと手を離して、名残惜しそうに苦笑いを見せた。

「私そろそろ行かなきゃ」
「あ、わたしもだ」
「じゃあ、またね」
「うん。またね」

2人の少女がまた、再開を果たせますように。
ロッソは遠くに駆けて行くナミの後ろ姿を見つめた。
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