03

アスティは空と海を見ていた。

青く澄み渡っていて、一点の曇りもない。海にはキラキラと輝く水面が揺らいでいる。キィ、と小さな音を立ててアスティの部屋の扉を開いた。ロッソは、窓枠に頬づえをついて動く様子のない後ろ姿を見て、口をつぐんでしまった。なんと声をかけていいかわからなかったのである。

アスティは家に帰ってきてからずっとこの様子だった。

「ロッソ」

前脚をなめて顔を洗っていたロッソは、その声に反応して顔を上げる。アスティはあいかわらず外をぼんやりとした瞳で眺めていた。

「ロッソ」

もう一度アスティがロッソを呼ぶ。ロッソは腰を上げてトトトと彼女の足元へと寄り、頭をふくらはぎあたりに擦り付けてから窓枠に飛び乗った。アスティはピクリともしない。ロッソはもう一度、今度は彼女の頬に自身の頭を擦り寄せる。

「アスティ…」
「うん…、明日にはふつうにするから」
「うん…」
「元気になるから、今日はちょっとだけ落ち込ませて」
「もちろん」
「ありがとうロッソ」

2人は寄り添ってただ、波の音を聴いていた。

***

7歳になったアスティは、おばあちゃんのお使いを終えてとある島から帰路に着いていた。今日のご飯はなんだろうね〜〜、なんてたわいもない話をロッソとして、夕食のメニューに思いをはせていた。

お薬を届けたおばさんがまた格別に良い人だったので、アスティにチョコレートとおいしい紅茶をビンにいれてくれて持たせてくれた。お家に帰って食べるのか待ちきれなくて、途中、7個ある宝石みたいなチョコレートのうち1つ、包みを開けてしまった。ロッソは猫だからチョコレートが食べられなくて悔し涙を流した。ひひひ。

「あ〜〜、オムライスがいいなあ」
「アスティそればっか」
「おいしいんだもん」

2人でヨダレをたらしていた時、目の前に大きな岩でできた島のようなものが見えた。行きにこんなところあったっけ?アスティは小首をかしげる。

「行きはストームを避けてきたから遠回りしたじゃないか」
「あ、そうだったね」
「最近ここら辺、嵐続きらしいよ」

ロッソが器用に、二本の前脚で自身の肩を抱いた。アスティはそうなんだ、とアイヅチを打ちながら何となく、その岩の上に目を向けた。そして、その目を大きく見開く。

「ぇ…」
「どうしたのアスティ」
「あ、ああ…あれ…」
「なに?」
「あれ…人じゃない…?」
「…人?…え!?」

2人は目を細めてよく見つめる。不運なことに今日は双眼鏡を持ってきていなかった。持ってきてはいなかったけど、ある程度近づいてしまえば、岩の上の2つの塊をアスティの目ははっきりととらえることができた。

「人だ!!!!!」

ほうきの向きを急旋回して、岩へと一直線に向かう。ロッソがひっしにしがみついているが、気にしていられない。

人だ。人が倒れている。

しかも。

「ふたりいる…!」

アスティは血の気が引いた。倒れている。まさか。まさか、死んでないよね?倒れているだけだよね?冷や汗が止まらない。近づけば近づくほど、ハッキリと見えてくる。

ひとが。ふたり。

たおれている。

ドクリと心臓が大きく跳ねた。なりふりかまわず、ほうきから降りてつんのめり、途中岩に足をかけてころびながらも、2人の元へ駆け寄った。お願い…生きていて。生きていて。ジワリとヒザに血がにじむのを感じた。

「大丈夫ですか!?」

1人は子供。倒れてしまっている。もう1人は大柄の初老くらいの男性で、あぐらをかいていたが、声をかけても反応がなかった。とりあえず、子供(といってもアスティと同じくらいか、それより上くらい)を抱き起こした。まだすこし温かい。人の体温を感じる。よかった。生きている。じわじわと涙があふれてくる。
抱きしめてわかったのだ。痩せている。まるで骨と皮だけ残したようだ。こんなにやせ細った人間の体を、アスティは見たことがなかった。震えが止まらない。

「おい、ガキ」

すぐそばで声がした。男だ。ロッソがピャッと驚いてアスティの後ろに隠れた。かく言うアスティもすごく驚いて声もでない。

「そいつァ、痩せてんだろ」

でも、よかった。男の人も生きている。

よかった。

「いきて、る…」
「ばかやろうくたばってやるかよ」
「くたば…?」
「どうでもいい。なんか、食いもん持ってねえか」
「くい、食べ物…」
「あぁ。そいつたたき起こして食わせてやってくんねえか。たのむ」
「お、おじいさんは?」
「おらぁもう腹一杯だ」

アスティは男の声に震えて、涙があふれて止まらなくなる。自分だってこんなにも痩せているのに。ぶっきらぼうな話し方だが、底にある優しさが苦しくて暖かい。

「っかやろ…クソジジイ」

男の子だ。声を聞いてはじめてわかった。彼は起き上がろうとするが力が入らないのか、アスティの腕にまた倒れ込んでしまう。

「これ…わたし今これしか持ってないの…」

おばあさんにもらったチョコレート6粒を、3つずつ男の子とおじいさんに渡した。水筒を取り出して紅茶をついで飲んでもらう。男の子は涙をながしてチョコレートをかじった。おじいさんも涙をながして紅茶を飲んだ。ずっと、ありがとう、ありがとうといいながら食べていた。

「いいの。ごめんねこれしか持ってなくて...すぐに助けを呼びにいってくるから!待ってて」
「恩にきる。ほんとうに」
「おれはサンジ、君は?」
「わたしアスティ。こっちはロッソ」

ロッソがにゃあと鳴く。

「じゃあわたし呼んでくる!」

たのむ!ありがとう!そんな声を背に受けて、アスティは近くの島へ光の速さには到底敵わないが、今までないくらい急いで向かった。船場にいたフェリーの乗組員さんに話をすれば、助けに行きたいのは山々だがこれから嵐が来るのですぐには行けないと言われた。いてもたってもいられなくなったアスティは食べものを積んでまたあの岩へ行こうとしたのだが、いかんせんもう長く飛行しすぎて自身の魔力も底を尽きてしまいそうだった。このままではアスティも家に帰れなくなってしまう。ロッソに家に帰って眠ってからまた行こうと提案され、泣く泣くマジックアイランドに帰還した。帰って早々ドタバタと騒がしいアスティに何があったのかときくおばあちゃんに全部話せば、彼女はアスティを優しく温かく抱きしめてただ背中をポンポンとたたいた。

あの人たちのほうかつらいのに。苦しいのに。

アスティは大声を出して泣いた。やがて泣き疲れて眠ってしまった。

それから丸々一週間、マジックアイランドに黒雲が立ち込め、雷がとどろいた。アスティは彼らに会いに行けず、ずっと家の中の海と空が見える窓枠から外を眺めた。

そしてついに今朝、おばあちゃんから行ってもいいと許可をもらってたくさんのパンとスープを水筒にいれてあの岩へ向かった。

しかし、彼らの姿はそこになかった。

アスティは家に帰って来るなり、またあの窓枠から外を眺めた。

「ロッソ」
「ん?」
「きっとまたあえるよね」

「あえるさ。きっとあえる」
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