02

6歳になったアスティは、腰が悪いおばあちゃんの代わりにお使いへでることになる。

あれから自分によく合ったいいほうきも(8割おばあちゃんが作ったけど)作れた。相棒を持ったアスティ は去年とは一味も二味もちがう。進んで嫌いなお勉強もするようになった。やる気に満ち満ちて、飛ぶ練習もたくさんして、ついにおばあちゃんにお仕事の手伝いをお願いされたのだ。

「アスティ、ちょっと頼まれてくれる?」なんて言われた日の朝にはロッソと一緒になって口をあんぐり開けた。ついでにふーふーしていたトマトスープがスプーンから白いワンピースにべちゃりと嫌な音を立てて落ちた。泣いた。

それでもやっぱりお使いができるのはうれしい。トマトスープの悲劇なんてなかったことにしてぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。最っっ高だ。お手伝いに行けるってことは、生まれて初めてちがう島を見ることができるし、アスティのほうきも実践デビュー!晴れてレギュラー入りというわけだ。

お使いの準備を寝る前にもう一度だけしたあと、布団に潜り込んだアスティの目はギンギンであった。結局あまり眠れなかった。

おばあちゃんに教えてもらった行き先はフーシャ村。お使いは村長さんへ腰痛が治るお薬をお届けに行くといった内容である。
マジックアイランドといえば、よく読み聞かせしてもらうおとぎ話にイーストブルーの果てだなんてすごく遠くに存在する島だと書かれているけれど、フーシャ村がある島くらいまでなら、朝にほうきで出発すれば昼前には着いてしまうだろう。

「あ!みえた!!」
「ほんとだ!」
「おおきいいいいー!」
「おおきいねええーー!」

アスティがおばあちゃんにもらった腕時計を確認すれば、短い針が11のちょっと過ぎたところをさしていた。よし!ちゃんとお昼前につけた!小さくガッツポーズが飛び出す。ロッソもなかなかやるじゃん、とアスティの肩口から楽しげに身を乗り出す。

島をしっかり見渡すと、アスティが見たことのない様な大きな建物がたくさん立ち並んでいた。わあ!街なんてはじめてみた!すごーい!あそこはなんだろう。あのキラキラしたやつは?あの牛さんとかブタさんとかがたくさんあつまっている場所は?森がない所がある!都会ってすごい!なんせ生まれて初めてあの島を出たのだから仕方ない。世界にはもっと大きな街があることを伝えたらこの子はどんな反応をするだろうか。ロッソは苦笑いした。

島が見えたら速度をおとしなさい。

おばあちゃんが口を酸っぱくして何度も注意していたことである。ひゅうひゅうと風を切る音が次第にやむ。おばあちゃんはアスティが魔法を使えることを、決して誰にもはなしてはいけないと言っていた。お薬をお届けする人はおばあちゃんの知り合いなので例外だが、他の人に見つかってしまうのはよくないらしい。悪い事に使われてしまうのだとか。

一応、よその島へ降りるのだからちゃんとしなきゃいけないよね、とカバンの中から小さなブラシをとって風でくしゃくしゃになっていた髪に通しておく。いつもは魔女らしく真っ黒なワンピースを着ているが、雲隠れしている身なので気づかれてしまわないようにミントグリーンのワンピースをチョイス。お気に入りのものである。ほうきにのったまま裾をさっとキレイに正した。

島についたら、空の高いところから港町にある、マキノというお店をさがしなさい。おばあちゃんが言っていた事を思い出すが、やはりちょっぴり怖いので遠い所から探そうと港の上空まで登る。が、なかなか見つからない。ロッソと一緒になってうーんと目をこらす。やっぱり見当たらない。

「あ!」

こんな時もあろうかと、お助けアイテムを持ってきてあった。アスティはショルダーバッグのなかを漁り始める。

「何探してるの?」
「双眼鏡をもってきてたの」
「なるほどね」

ロッソもカバンの中をのぞき込んだその時、カバンを探るよりもはるかに大きな"声"がアスティとロッソの耳に届いた。

「ウワォオァアアア!落ちるぅうう!」
「!?」
「っうおっと!?」

あぶない!落ちるとこだったし落とすとこだった。双眼鏡はロッソがくわえてくれて、間一髪助かったようだ。

びっくりして半分くらい体がずり下がったが、体勢を立て直してロッソから双眼鏡を受け取り、それを使って声が聞こえた方をのぞいてみるとさあ大変。背の高い木からぶら下がっていて、いまにも落ちそうになっている男の子がアスティの目に飛び込んできたのだ。

「ウヘェあんな高い木からおちたら死んじゃう!」
「へ、アスティ??」
「ロッソつかまってて!」

そう叫ぶや否や、ほうきをその大木へ向かわせていた。せっかく整えた髪も裾も気にしていられない。

「ああ〜!だめだめだめだめー!!手はなさないでーー!!」
「ぎゃああああアスティおちるううう」
「えぇ!?おまえ空とんで、あ」
「ああああああ!?」

あ。じゃないよ!手はなさないでっていったのにー!!!
木の下には驚いた顔のおじいさんと口元を手で覆って驚いた顔をしているお姉さんがいる。しかし体重を前にたおして、スピードを緩めることなく急降下した。

懸命に手を伸ばして伸ばして、腕がゴムみたいに伸びたらよかったのに。そう思った瞬間にはガシッと男の子が地面にたたきつけられる前に腕をつかむことができた。あぶなかった、あとちょっとだった…。

「あぶねぇ…あとちょっとだった…!」
「まにあったぁあ…!」

冷や汗が背中をつう、と流れるのを感じた。男の子はアスティの腕からプラーンとして、下をポカーンと眺めながら一語一句、間違えることなくアスティが考えていたことを絞り出した声でつぶやいた。ほうきをゆっくりと降ろし、ひさしぶりに土を踏みしめるが、かなり緊張していたらしく膝ががくがくと笑っている。男の子は腕に何かを抱いていたらしく、そっと地面にそれを放す。もぞもぞとうごめくそれは子猫だったようで、なるほどあれだけ高い木にのぼっていたのもうなづけた。

一方でロッソは、おじいさんがアスティを指さして口をぱくぱくしている様子を見て、あちゃーと顔をしかめた。アスティはさあと血の気が引いていくのを感じた。やってしまった。

「あ、あの…」
「おっまえスッゲエーな!!!」
「うわぁっ」

男の子は、子猫を逃すとグリン!とアスティに向き直った。
こわい。ほうきを握りしめて胸の辺りに引き寄せ、知らず知らずのうちに肩がすぼんでいく。おばあちゃんにバレたら大目玉をくらう、なんて思っていたらさっきの男の子が目をキラキラさせて、顔をずいっと近づけてくるのでギクリと肩が跳ねる。
今日初めて同じ年頃の人の子を見たのだから、もちろん男の子なんてもっと見たことない。びっくりして固まってしまうと、おーいなんて言って肩をぐわんぐわんと揺さぶられる。ううっ首がぁあ…!

「こらっ、ルフィやめて」
「だってコイツ返事しない!」
「びっくりしてるの。女の子はもっと丁寧に扱わなきゃだめよ」
「ていねいー?」

そう、優しくね。そういってルフィと呼ばれた男の子の後ろから想像を絶するほど整ったお顔のお姉さんが、彼に麦わら帽子を被せてやってから一歩前にでる。アスティと目線を合わせるようにしゃがんでくれて、にっこり笑った。さっきはとっさのことでよく見ることができなかったが、こんなキレイな人だったのか。ほわあ、と感嘆のため息をつく。

「ルフィを助けてくれてありがとう。私の名前はマキノよ。この子たち降りられなくて大変だったの。あなたはルフィと猫ちゃんの命の恩人ね」
「い、いえ…かってに体がうごいちゃっただけだから…」
「ふふ、それでもありがとう。ほら、ルフィも」
「おう!ありがとう!!」

素直にお礼を言ってくれたことがすこしこそばゆくて、でもとってもうれしくて顔がちょっぴり熱くなったのがわかる。どういたしまして、と言ってみると2人ともそっくりな笑顔を見せてくれて、今度は心がぽかぽかとあったかくなった。

あれ?そういえば、さっきマキノって…。

「あああ!思い出した!おまえレジーナさんとこのお嬢ちゃんか!!」

後ろでアスティを指さしたままだったおじいさんが手のひらにぽん、と拳をのせた。何だろう、と思って同じ様に手のひらに拳をのせてみる。なんかちょっとこれ好きかも。何回もぽんぽんしているとそれを見ていたらしいマキノさんがふふと笑う。は、恥ずかしい。またちょっぴり顔があつくなった。

「よーやっとこの腰痛ともお別れできるわい!!!いやー!!よう来てくれたよう来てくれた!!」
「…?」
「ワシがその薬をレジーナさんに頼んだんじゃよ」
「えっ、じゃあ村長さんですか?」
「いかにも」

ええー!!!アスティが内心目ん玉ひん剥くレベルにビックリしていると、おじいさんがよう来てくれたと言いながら背中をあったかい手のひらでさすってくれた。心なしか肩の力が抜ける。

「さあ、小さな恩人さんに黒猫さん!ごちそうしたいからわたしのお店に寄っていかないかしら?」

マキノさんがアスティの左手をすくい上げて、握る。優しくて、暖かくて、会ったことはないけどおかあさんがいたら、こんな感じなのかなあ、なんて頭の隅っこで考える。あ、でもご迷惑になるし、ごちそうだなんて…。よだれを垂らしながらそんなことを思っても説得力は全くの皆無である。しびれを切らしたのか、マキノさんは左手を優しく引く。ついてこないアスティを不思議そうな顔で見つめている。

「何やってんだおまえ!いくぞ!」
「わあ!!」
「あっ、ルフィ、優しくって言ったじゃない」

どうしようかと迷っていると、今度は右手をマキノさんよりも強い力でグイ、とひっぱられる。顔を上げるとルフィがしし!と歯を見せて笑っている。行こう!と手をぐいぐい引いている。

アスティは大きく一歩前に歩みだした。

***

「それでな!シャンクスたちはすっげーんだ!!」

このセリフを聞くのは何回目だろうか。ルフィの話はだいたい、シャンクスさんという人が率いる海賊団の武勇伝だった。マジックアイランドをこれまでに出たことがなかったアスティには、すべてが興味深くて羨ましかった。真剣に聞いてくれるのが余程うれしいのか、水を得た魚のように、身ぶり手ぶり楽しそうに話をするルフィにつられて、アスティもうんうん、それでそれで?と瞳を輝かせて話の続きを促す。その間、マキノさんは笑いながらごちそうの準備をしてくれていた。

「いいなぁ」

おもわずぽろりと自分の口からでた言葉に、自分が一番驚いた。でも、やけに胸にストンと落ち着いた言葉のように思えた。ルフィはオレンジジュースに刺さっているストローを噛み潰しながら、こっちを見て、首をかしげた。

「何がだぁ?」

何が、と聞かれてしまうと何が「いいなぁ」なのかはハッキリわからなかった。何がだろうか、目線を自分のリンゴジュースのグラスに移した。リンゴジュースと氷がたっぷり入ったグラスはたくさん汗をかいていて、紙のコースターがそれを吸っている。歯切れの悪いアスティを見てルフィは何を思ったのか、アスティが座っていたカウンターの椅子をくるりとこちらに向け、アスティの頬を両手でぶちゅっとはさみ視線を絡ませた。アスティは何が起こったのかわからず、目をパチクリさせている。横目で見たマキノさんは口角をあげてフライパンをふるっていた。
じゅわ〜〜とチキンライスのいい香りがやっとアスティの鼻腔をくすぐる。

「俺は大きくなったら海賊王になるんだ!」
「…ふん?」

うん、と相づちをうちたかったのだが、頬を挟まれているので気の抜けた声が出た。ルフィは大真面目な顔でアスティを見つめる。

「だから、その時はアスティも来い!」
「ふぉのほひ?」

もっと気の抜けた声がでた。つまり、どういうことなのか。じゅわじゅわと辺りにおなかに響く音がこだましている。

「俺の仲間になれ!」
「むっ」

その瞬間、アスティの脳裏に成長したルフィが太陽の様に笑っている映像が流れる。ルフィは挟んでいた頬をぱっと離すと、うんうん!決まりだ!と胸を張って大きくうなずいている。アスティは胸がドキドキと高鳴った。もし、本当に大きくなってルフィの仲間になったらまだまだ見たことのない、いろんなことをこの目で見られるということなのだろうか?いろんなことを体験できるということなのだろうか?

アスティは自然と頬が緩むのを感じた。それってなんだかとっても面白そう、楽しそう。行ってみたい、見てみたい、知りたい。ルフィのあたたかな手のひらからわくわくが流れ込んできたように。ふつふつと幼い心の奥底にあった欲が、源泉のように湧き出てくる。

「なかま」
「おう!仲間だ!」
「…うん!」
「うん?」
「なる!仲間に!」
「おお!」
「仲間になるぞー!!」
「おおー!!」

脚の長い椅子の上に2人でドーンと立って、右手の拳をふりあげた。ロッソもマネしてうれしそうに一声鳴く。

「ほらほら、未来の海賊さんたち。お行儀が悪いわよ?」

ごめんなさーいといってしっかり座り直すと、とろとろふわふわ美味しそうに湯気立つオムライスがコトリと音を立ててアスティの目の前に置かれた。

幼いながらに誓いを立てた日に食べたオムライスの味は格別で、一生忘れることはないだろう。
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