17

悔しさを押し込むように垂れてくる鼻水をズズッとすすると、焼けた木材の匂いがツンと身を焦がしていくようだった。結局わたしたちは男たちを止めることができず、炎に包まれる大切な宝物が、ただ燃えていくのを見ていることしかできなかった。

「…っ、どいつもこいつも…海賊なんてみんな同じよ!人の大切なものを平気で奪って!」

ナミとブードルは、あの後すぐに帰って来た。傷だらけのアスティとシュシュを見て、血相を変えて走って来たが、変わり果てた店を目にすると何が起こったのかすぐに理解したようだった。ナミは唇を噛み締め、苦々しく吐き捨てる。彼女の震える右手がアスティの痛々しい左頬を労わるように触れ、動かないでって言ったのに、と小さな雫が落ちるように声に漏らした。

初めこそ激しく吠えたシュシュだったが、やがて無駄だとわかったのか、朽ちていく店をじっと見つめていた。アスティは、ナミの手をありがとうと言って丁寧に離すと、シュシュとすこしだけ間を開けて地面に座り込み、とめどなく生まれる悲しい感情をシュシュの代わりとばかりに、ポロポロと涙として溢れさせた。涙が頬に滲んでチクチクと痛む。

「ん?」

砂が擦れるような音がして、そちらを見るとルフィがきょとんとした顔で立っていた。今日1日でサッと怪我がないかを確認する癖がついてしまったようで、例に漏れず今回もチェックする。よかった、無傷なようだ。たとえゴム人間だと言われても流石にあそこまで派手に殴り飛ばされたとなると心臓に悪いものがある。ほ、と一安心するがナミは刺々しい声をルフィに投げかけた。みるみる内に怒りを表し殴りかかろうとするのでブードルに止められてしまう。
そんな彼女を気にすることなくルフィはスタスタとシュシュとアスティがいる場所までやってくる。顔をあげたアスティの青く腫れてしまった頬を見て眉をひそめ、シュシュの前に一箱のペットフードを置いて見せた。ナミは血気盛んに「この野郎―!!」と後ろで叫んでいるが、どこ吹く風でシュシュとアスティの間へ座る。そしてにっこり笑って見せた。

「これしか取り返せなかった!あと全部食っちまいやがってよ!」
「…」

ウガー!と暴れていたナミも、この一言におし黙る。

「よくやったよお前たちは!よく戦った!まあ見ちゃいねェけどな。大体わかる!アスティのほっぺ真っ青だし!」

ルフィは、な!といってアスティのボサついてしまった髪の毛を手櫛で整える。何もできなかったし、結局シュシュの宝物は壊されてしまったけど、ルフィのこの一言でなんだか報われた気がしてしまうから不思議だった。
シュシュはしばらくペットフードの箱を眺めると、パクと咥え立ち上がる。アスティの前まで来て、喉の奥でクゥンと一鳴きするとそのままスタスタとその場を離れて行ってしまう。しばらくその様子を皆で見ていると、すこしした所でくるりとこちらを振り返った。そして大きな声で吠える。

「おう!お前も頑張れよ!」
「ワン!ワン!」

ルフィはそれに対して、相変わらず明るく答えて見せた。

「それにしてもアスティ派手にやられたなァ、痛いか?」
「ちょっとだけ…」


シュシュが去った後、ルフィはぐりんと顔をアスティの方へ向け、心配の色を浮かべた。もうちょっと早けりゃ…と悔しがる姿を見て、なんだか心がぽかぽかするような気持ちになった。勝手にしたことだけど、よくやったと褒められ、大丈夫か痛いかと心配されるのが友達らしいことをしているようで嬉しかった。大丈夫、とへらりと笑ってみせる。

「大丈夫なわけないでしょ。信じられない。女の子の顔に手あげるなんて」
「大丈夫だよお」
「傷が残ったら楽な死に方させないわよあいつ」
「だ、大丈夫だってば…」
「おれがやったからいいだろ」

ナミはいささか、アスティに対して過保護すぎないかとロッソが半目になる。ナミはアスティの頬をまるで赤ん坊の頬かのようにもう一度優しく撫でるとルフィに向き直って爽やかに笑って見せた。

「さっきはどなってごめん!」
「ん?」

ルフィは不思議そうにナミを見上げ、尻についた土を払うように叩き、立ち上がった。次に、ん。とアスティに手を差し出した。

「いいさ。お前は大切な人を海賊に殺されたんだ。なんかいろいろあったんだろ?別に聞きたくねェけどな」

アスティはルフィの手につかまりながら、重い腰を上げた。ルフィは、アスティのワンピースについてしまった汚れをポンポンと払ってやりながら、ナミに語りかけた。

アスティはこれこそがルフィの長所だと感じる。スッキリ単純明快。人が踏み込まれたくない所には必要以上に踏み込まず、それでいて本人を否定せず、心から信頼している。ルフィの隣はとっても居心地がよかった。
だからこそ彼の仲間になりたいと、幼い日のあの頃のアスティも、感じたのだろうとナミとルフィの顔を交互に盗み見た。
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