16

「あいつなんか挑発してるんじゃないの…」
「バカかあいつは…」

スタコラと言わんばかりに逃げ、少し離れた物陰にひっそりと隠れた。離れた場所から見ていてもわかる一触即発の雰囲気に、アスティは身震いが止まらなかった。あんな大きな生き物を生で見るのは生まれて初めてだ。ライオンの上に乗っている男にも、なんとも摩訶不思議な耳がくっついている。髪の毛らしいが。

「誰なのかな…」
「十中八九、バギー一味の海賊ね」

苦虫を噛み潰したような顔でナミが答える。男がシュシュに手を伸ばして噛まれていることに優越感を感じてフフンと笑うと、何笑ってるのよと呆れたような顔に戻った。

「やれ!!リッチー!!」

引き続き様子を伺っていると、男の怒声と共にライオンがルフィの檻に飛びかかった。

「鉄の檻が!!」
「まずい、あの小童殺されるぞ!!」
「る、ルフィ…!」
「「待て待て待て!」」

とっさに飛びだそうとして二人に抑えられる。ロッソも懸命にワンピースの裾を引っ張って行かせまいとしていた。

「何考えてんのよアスティまで殺されるでしょ!」
「落ち着け娘!」
「離して…!ルフィ…!」

ほどなくして、大きな騒音とともにルフィは家屋へ突っ込んで行く。ライオンに殴り飛ばされたことは明確だった。声にならない悲鳴が喉の奥から聞こえる。ヒュッと息を呑んだのもつかの間、男たちは次の標的をシュシュへと移したらしい。シュシュが臨戦態勢にはいり喉をぐるぐると鳴らした。いけない、今度はシュシュが…。

アスティはナミの手をとった。

「な、ナミ!ルフィの様子みてきてくれる?」
「な、様子ってあれじゃあ…」
「おねがい」

ナミはアスティの苦しげに笑う姿を見て、口を噤む。ブードルも何か言いかけ、やがて静かになった。ルフィは強いからきっと大丈夫。けれど、シュシュはどうだろうか。

「わかったわ。アスティ、絶対にここから動いちゃだめよ。いい?」
「う、うん」
「絶対じゃ」
「はい」
「ロッソ、アスティを頼むわよ」

ロッソが任せろとばかりにシッポを揺らす。最後にもう一度二人は、ここから離れないようにと念を押してルフィが飛ばされた方へ駆けて行った。

彼女たちの背中を見届けた後、アスティは少しだけ深呼吸をする。シュシュは、ただの犬だ。小さくて尊い犬だ。怖い。足が震える。けど、友達だから。友達が守りたいものは、わたしも守りたい。きっと何も止められやしない。それでも、何かしないと心が押しつぶされてしまいそうだった。おばあちゃんが言っていた「あなたも魔法使いの娘ね」という言葉が頭の中で響いた。

もう一度深く息を吸って、キッと男たちを睨んだ。ロッソはまさかと思い、ぎくり、アスティの顔を見上げる。

「アスティ…?」
「ロッソごめんね、ちょっと待ってて」
「あっ」

またロッソに止められないよう、何か声をかけられる前に走りだした。

シュシュの前に、盾になるようにして男との間に割って入る。涙が浮かぶが、高い位置にいる男を睨みあげる。

「アアァン??なんだァお前は」
「こ、この子のともだちでひゅ!!!」

盛大に噛んだ。口の中に鉄の味が滲む。背後の物陰からロッソが嘘でしょーーー!?と叫ぶ声が聞こえた。リッチーと呼ばれていたライオンと男は、シュシュを痛めつけている最中。真っ白な毛並みに痛々しく滲む赤色が、アスティの胸に突き刺さるようだった。弱々しく、しかし再び立ち上がったシュシュと一緒になって男と対峙する。

「友達ィ?そのお友達さんが何の用だ」
「このお店のエサは食べさせないでください」
「っハァーーー????」
「お願いします。この子の宝物なんです」
「どうでもいいね。いくぞリッチー」

男は無情にも聞く耳を持たず、アスティの横を通り抜け店の中へ入ろうとする。負けじと男のむき出しの足へ、ガシッとしがみついた。

「ゲ!!何しやがる!てめェは殺されねェだけラッキーだと思え!!」

「おねがいします!おねがい!やめて!」
「っだぁぁ!もううるせえな!!離せてめェは!」
「…ッ!」
「ッチ小煩せェ…。ッッアイダァーーー!?」

ゴツリという鈍い音が響けば、左頬に熱く焼けるかのような痛みを感じた。とっさに見えたのが、男の握り拳だったので殴られたのだろうとどこか冷静な頭で考える。かなりの力で殴られたのだろう、首がグギリと嫌な音を立てた。アスティを殴った後、シュシュが男にとびつき、腕に噛み付く。男は大きな声で叫ぶとシュシュを引き剥がし地面へ放り投げた。アスティは懸命に立ち上がって、シュシュを抱きとめる。しかし機敏に動けたのはここまでで、ガクリと膝から力が抜けていった。緊張と痛みと非力な自分への悔しさで頭がクラクラしている。

「ムカつくんだよてめェらは。どけ」

冷たい氷のような声が耳に届くや否や、アスティの腹に重たい衝撃が走る。気づけば体は宙に乗り上げ、勢いそのままに硬い地面に叩きつけられた。直後、喉の奥から酸っぱい何かがこみあげ息をうまく吸うことが出来ず、ゴホゴホと咳が止まらなくなる。涙で霞む視界の中でライオンがペットフードを貪る様子と、男が店に火を放つのが見えた。

「アスティ…!大丈夫?」

ロッソが力無く倒れるアスティに駆け寄る。プニッとした肉球で彼女の頬を心配そうに触った。

「ワンワン!ワン!ワンワン!!」

シュシュの悲しそうな鳴き声が辺りに響いている。殴られた右頬と、腹がチクチクと痛かった。
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