09
「あーーー腹へったーーーー」
海賊狩りのロロノア・ゾロを仲間に加えた後、モンキー・D・ルフィは意気揚々と小船にたくさんの夢と期待を乗せて出航した。しかし待てど暮らせど、島のしの字も見当たらない。一隻の小船はあっちへフラフラこっちへフラフラ、潮風の赴くままイーストブルーの青い水面をさまよっていた。麦わら帽子のつばをはためかせ、生気のない顔で海と同じ青い空を見上げる。腹がへった。2人の腹の音が聞くに耐えない不協和音を奏でている。何を隠そうこのニューフェイス、結成したてホヤホヤの海賊2名は航海術を持っていないのだ。海賊王になると豪語しておいて海を渡る術を持っていないとなると、本末転倒もいいところであった。
「まったく…!航海もできねェなんて海賊が聞いて呆れるぜ!これじゃ”偉大なる航海 ”も目指しようがねェ。早ェとこ”航海士”を仲間に入れるべきだな」
ゾロはあぐらをかいた左の膝に手を当て、考え込むようにしてその鋭いまなざしをルフィへ向けた。もっとも、航海術を持っていないという点について彼は人の事を言えないのだが、言い分はなるほど的を得ていた。このまま海の上を流離い続けても、その果てに見えるのは白骨化した自分たちだ。しかしこのキャプテンルフィはそんなこと最初から考えていられるかとばかりに、指を折って仲間にしたいリストを数えはじめる。
「あと"魔女子"とさ"コック"とさ"音楽家とさァ」
「んなモンあとでいいんだよ!!!あとなんだ"魔女子"って!!」
能天気な顔をして笑うルフィに牙を剥いて吠えた。何で一番始めの項目が一番不可解だよ!彼の心は空腹のせいで荒れている。
「なんだってなんだ!おれはいまからマジックアイランドに魔女子迎えにいくんだ!」
「はァ!?」
確かに知り合って相当短いが、全くの初耳だった。目を見開いてルフィの顔を見るが、彼の顔は真剣そのもの、真っ直ぐにゾロを見据えている。その瞳に毒気を抜かれて頭を抱えるが、そもそもどのようにしてそのマジックアイランドとやらにたどり着くつもりなのか。
「おまえ行き方わかるのか」
「わからん!!」
「わからんのかい!!!」
ガクリと力なくうな垂れた。ルフィも自分が放った言葉に対してゾロと同じく落ち込んでいるようである。
「おれもよくわかんねェんだけど…昔魔女子に助けられて、将来海賊になるからおまえもこい!って言ったら、アイツ笑ったんだ」
「…」
「すっげェうれしそうに、笑ったんだ。そんで、一緒に冒険するって約束した」
「…」
「だから絶対に迎えに行って、絶対に仲間にする!!!」
ため息しか出てこない。魔女って何だそもそも。何をもってしてルフィは魔女と言っているのか、何をそんなに頑なになるのか、ゾロにはさっぱりわからない。わからないけれど。
「そのためにも航海士がいるんじゃねェか」
「…!おう!!」
ルフィが本気で魔女との約束を果たそうとしていることは、その瞳を見れば一目瞭然だった。ならば彼の仲間になると決めた以上、自分も付き合う義理がある。それにおれは約束を破るヤツは大嫌いだ。見つけてやろうじゃねえかと言う意味も込めてルフィの肩を強くたたいた。握りこぶしを作って下を向いてしまっていた彼は、やっといつもの太陽のような笑顔を咲かせる。
「…」
「…」
「「腹へった」」
調子を戻したはいい。けれど腹は膨れないし一向に島が見えてくる気配もない。わかってはいたけれども、どうしたものかと2人はパタリと倒れて空を見上げた。
しばらくのどかな空を眺めていると、ずっと上方に鳥のような影を見つける。ゆっくり飛んでいるのか、随分動きが鈍いように見えた。ゾロがポロリと言葉を漏らす。
「お、鳥だ」
「でけェなわりと」
「...」
「...」
「食おう!あの鳥!!」
「...?どうやって」
ルフィはひらめいた!とばかりに勢いよく体を起こした。一方のゾロは疑問符をそのまま顔に描いたような表情をしている。
おれが捕まえてくる!まかせろ!!
そう言うと、もう聞き慣れた台詞を力いっぱい叫んだ。
「ゴムゴムの...銃!!!」
ルフィの手がビヨーンと上空へと飛んで行って、ゴッという鈍い音を立てたかと思うとまたシュルシュルと元の形に戻る。一方殴られたのであろう鳥は力なく小船へと一直線に落ちてくる。
「殴ったのか」
「殴った!!」
ドーンと胸を張るルフィにでかしたぞと胸を張って、落ちて来ている鳥を眺める。が、みるみるうちに近づき落ちてくるそれは、鳥とは形容しがたい姿をしていた。微妙な顔を、ぽけっとしているルフィに向ける。
「あれ…人間じゃねェか?」
目を凝らさなくても見えるくらいの距離までくればそれは少女の形をしていて、しかも手足がダラリとしているので気を失っていることがわかる。
「あーーーー…人間だ!!!やっべ、ゴムゴムの!」
ルフィは慌てて息を吸い始める。空気が体内に蓄積されていく。腹が膨れ上がっているの見て、なるほどこれで受け止めるのか、とゾロはこの一大事になぜか落ち着いていた。どんどん大きくなるルフィの腹を眺めている。
「風船!!」
ルフィは叫んだと同時に、空から降って来た少女をボインと勢いよく受け止めてから、プシューとすぐに体の空気を抜いた。
ゾロは少女に既視感を覚える。
彼女は黒いワンピースを身にまとい、大きなショルダーバッグとほうき、それから混乱した様子の黒猫を背中にへばりつかせている。頭に大きなコブを作っているので、これが原因でこの船に落ちて来たのがわかった。十中八九さっきルフィが繰り出したパンチだろう。罪悪感からなんとなく冷や汗が伝った。
当の本人は、その少女を受け止めて抱きかかえてから、今の今までピシリと固まって動かなかったがようやく目を瞬かせた。
「あれ、アスティだ!!」
こいつだよこいつ!魔女子!!
ルフィは自身が抱えている細っこい腕の少女を指差して笑っている。あー、確かに魔女っぽい、なんて思いながら右手であごをなでた。