07

困った〜〜!

ロッソはアスティの魔法石を口にくわえて、どうしたものかと少し先にある街の方向を眺めていた。一言で表すならそう、まさに絶体絶命である。

「おい!この猫、光る宝石みたいなの持ってるぞっ」

と言うのも困ったことに、子ども3人に囲まれてしまっている。しかもさらに困ったことに魔法石に気づかれた。

「うわあ〜ほんとうだ」
「キレイだなあ〜〜」
「うんうん、キレイだ!」
「キレイ〜って言ってる場合か!」
「「えぇ〜〜?」」
「キャプテンに報告だろう!」

そういって、子どもたちの中の1人が魔法石ににゅっと手を伸ばした。ロッソは慌てて毛を逆立てて、シャーと威嚇する。なんぴとたりとも魔法石には触れさせない。これはアスティの大切なものだ。爪をチャキチャキと地面に擦り合わせる。そんなロッソの鋭い睨みに、子どもたちは狼狽する。相手は小さな猫1匹なのであるが、しゅ、集合!と号令をかけると、ロッソからいったん離れてから、3人肩を並べてヒソヒソと作戦会議を始めた。

「お、おい、めちゃ怒っちゃったじゃん…」
「どーする…?」
「でもキャプテンに報告はぜったいだ…」
「当たり前だろ…!」

残念ながら猫の聴覚は人間よりはるかに優れているため筒抜けなのであるが、ロッソは律儀に彼らが話し終わるのを待った。

「いやでも怒ってるし怖いよボク…」
「おまえ!猫1匹怖がってどうすんだよ!」
「そうだ!それでもウソップ海賊団かよ!」

海賊?こいつら海賊なのかな…こんな子供のうちから海賊なんかやるのか。すごい時代だ。ロッソは首をかしげる。

「とにかくキャプテンのとこまではどうにかして連れて行こうぜ…」
「「お、おう…」」

ゴクリ。3人が同時にロッソを見つめた。さて、どんな事をされるのかと、ロッソも負けじと子どもたちを見つめた。

***

今日も今日とて、お薬を届けにとある島に降り立った。
アスティは15歳になっていた。

今回訪れた村は実に穏やかである。八百屋さんのおじさんに届け先の住所を見せて、このお家はどこにあるかと聞いた、見慣れない顔のアスティにも人のいい笑顔でサンレモンさんのお宅だね!と言って、気前よく教えてくれた。りんごまでくれた。いい人がたくさんいる村だ〜と優しい気持ちに包まれて、宅配も済んだところでさあ帰ろうとほうきにまたがる。最後に魔法石を見た時、魔力は十二分に残っていたので帰りも難なく飛ぶことができるだろうとほうきの柄の部分をギュッと握る。

「…」

ギュッと握る。

「……」

ギュッと、にぎ、る。

「………」

ギュッと…。

「…………あれ!?」

飛ばない。文字通りほうきが飛ばない。飛ばないほうきはただのほうきである。おかしいな。こら!言うこと聞きなさい!とペシリとたたいて見ても、軽くジャンプしてみても飛ばない。うんともすんとも言わない。おかしい。

そして、ふと違和感に気づいた。

「ろ、っそ?」

いつ何時も一緒にいる、ロッソの姿が見当たらない。ほうきから降りて、ロッソを呼ぶ。しかし返事はなく、辺りはしんと静まり返っている。そして今になって気づいた。

「ロッソがいない!!!」

ガビーン!と頭を抱える。えええ…?それは、え、ど、どう…?ええ…?頭に、なぜ?やらどこで?やらいつから?やら疑問符がいっぱいに浮かんでは消える。
ロッソがいない…?探さなきゃ…探さなきゃ…!!上から捜索するべく、もう一度またがる。そして飛ぶ。

「ブェッ!」

飛べない!!なんでぇええ!?

もうパニックである。ジワジワと涙がにじんできて、終いには大粒の涙になって海の色をしているアスティの瞳からボロボロとこぼれ落ちた。どうしようどうしよう。

「…!」

まさかと思い、いつも首から下げている魔法石をみる。

「ない…!」

そのまさかだった。魔法石がこつ然と姿を消している。そしてしっかり者のロッソのことだ。落としたことに気づかずドンドン先に進んでしまうアスティに代わって、魔法石を拾って、そのままはぐれてしまったに違いない。

アスティの推理は大正解であった。ちょうど宅配が終わったあたりで、魔法石のヒモがぶちりと切れ、奇麗にワンピースの胸元からストーンと落ちてしまって、それに気づいたロッソが拾うもはぐれてしまった。

アスティは村の住人にいじめられているロッソを想像してしまい血の気が引いてしまう。

やだ、ロッソ、そんな。アスティの涙はドンドンあふれてくる。そんな時、近くの草むらでガサリと何かが動く音がした。

「…!ろ…ロッソ…!」

もしかしてと思い、勢いよく草むらの中へ飛び込む。しかし、アスティはロッソのやわらかくて艶やかな黒い毛並みを胸に抱くことはできなかった。

「おおお!?おめえ誰だよ…!?…ロッソって誰だ!!」

どっちかと言うと…。

「モジャモジャ…」
「誰がモジャモジャだ!!!!」

***

「すげえ、ちゃんとついてきてる…」
「あいつ頭いいな…」
「オレより頭いいかも…」
「「それはある」」
「なんだとっ!!」

ロッソはそろりそろりと先を行く子どもたちの後をついて行っていた。

あの後、作戦会議をしていた子どもたちは何がどうしてそうなったのか不思議なもので、この黒猫に飼い主がいるかもしれない、そしてその宝石はその飼い主の物かもしれないという結論に至った。いやはや、全くもって正解である。そうなれば話は早いと、子どもたちの中の1人がまたジリジリとロッソに近づいた。そして、自分たちのキャプテンなら、おまえの飼い主のことが何かわかるかもしれないから一緒に来てくれないかと言うのだ。ファイティングポーズをとりながら。

ロッソは少年が嘘偽りを言っているようには見えなかった。なので、ついて行ってやることにしたのだ。魔法石をくわえっぱなしでアゴも疲れてきたし、そろそろなにかアクションを起こさなければアスティと一生離れ離れになってしまう。そんなのは嫌だ。ロッソはかぶりを振った。

「おーい猫、そろそろだぞ!」

子どもたちの中の一人がこちらを振り返って呼んだ。猫じゃないし。ロッソだし。名前があるんだからな。失礼な。ロッソはぷいっとそっぽを向いた。

「あっ、あいつ生意気な…!」
「どうどう、ほらキャプテンもういるぞ」
「ほんとだ…あれ?もう一人誰かいる」
「えっ、ほんとだ?誰だぁ?あれ」

ロッソはそんな会話を聞いて顔をあげた。たしかに前方に人の影が2つ見える。
サア、と潮風が吹いてロッソの鼻をくすぐった。その瞬間、ダッと走り出す。この匂いは間違いない。

「ロッソ!!!」

アスティだ!

***

ロッソはアスティの膝の上で丸まって、狭い額をなでられながら、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。やっぱりこの子の匂いが一番好き。この子の近くが一番好き。満足げに一鳴きしてみせた。

ウソップは不思議そうにそんなロッソを見つめたあと、アスティに向き直った。やはり不思議そうな顔をしている。

「ロッソって猫のことか。てっきり友達の名前かと思ったぜ、俺は」
「うん、ロッソは友達だし、家族だよ」
「そっかそっか!見つかってよかったじゃねーか!」
「うん!ロッソを見つけてくれてありがとう。ピーマンくん、ニンジンくん、タマネギくん」

アスティがやけにお姉さんみたいな顔でほほえむので、恥ずかしくなった3人は、い、いいえ!僕たち何もしていませんので!と顔を真っ赤にしてしまった。

「それにしても君たちいいなあ〜」
「え、なんで?」
「わたしもね、海賊憧れてて」

冒険、したいなあ。アスティはロッソの耳の裏をカリカリと爪を立ててかいてやりながら、ボソッとつぶやいた。ロッソは気持ちよさそうに目を細めている。

そうそう。彼は、目の下に傷があって。麦わら帽子をかぶっている。笑うと、にししって白い歯が見えて、力強くてあったかい。彼の顔が、アスティの頭の片隅にずっといる。

「アスティ?」
「…うん?」
「いや聞けよ…」
「ごめんごめん」

アスティは頭をかいて、なかなか忘れられないものだなあと、苦笑いした。

「そんなに冒険したいんなら、ウソップ海賊団に入れてやるって言ってんだよ!」
「!」
「このオレ様の子分は楽しいぞぉ?」

ウソップがにしし!と笑った。

「る、ふぃ」
「え?なんて?」
「あ、や、何でもないの」

あれ、なんか、見えたような。何か、今、なんだろう。

「ウソップがキャプテンかあ」
「なんだ文句あんのか!」
「…」

その残念な物をみるようなまなざしをやめろ!!!
ウソップの怒声が響いた。

***

「キャプテン〜〜、アスティさん、いっちゃったよー?」
「なに、またあいにくるさ…ズビッ」
「キャプテン泣いてるじゃん!」
「泣いてねえ!」
「「泣いてる〜〜!」」

「いいんだよ!おれはカヤに話しに行くからな!」
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