てぃぷしーおんゆー
ベッドに腰掛け、いつものように煙草に火を着ける。煙を吐きながらか細いながらもはっきりとシカクさんの声が聴こえた。
「ガキができたみたいでよぅ」
薄く開けた窓に、吐いた煙と共にその言葉が吸い込まれていくようだった。
「…そう、」
我ながら物分かりは良い方だったと思うし、そうせざるを得ない関係性なのは致仕方ないことだと思っている。
広く大きなその背中に擦り寄った。もう二度とシカクさんに触れられないと思えば思う程、自分がこれ程にまで想っていたのかと、気持ちが露になるばかりだった。
じりじりと短くなる煙草と揺れるカーテンと交わる煙。
「シカクさん、」
「なんだ」
「最後くらいは優しくしてくれてもいいんですよ」
「はは、俺がいつも優しくないみたいな言い方は心外だな」
煙草が灰皿へと押し付けられた音が聞こえたかと思えば、擦り寄っていた背中が遠くなった。
背景がぐらりと周りシカクさんとじっとり目が合った。シーツの擦れる音が耳を擽り、後頭部に添えられたシカクさんの大きな手が私を包み込む。
雨の様に降り注ぐシカクさんのキスは短くその度に角度を変えて私から酸素を奪っていく。
「ん、っ…は」
呼吸をしようと顔を背けてみても、見透かされているように追いかけてくる。
始めこそ音もないそれだったものが回を重ねる毎に少しずつ帯びてくる熱と聴覚を刺激する音。耳から滑り込むようにして脳に直接びりびりと甘い刺激が伝わってくる。
不意に雨が止み呼吸を整えていると、背筋に柔らかい電気が走ったような感覚がした。
「!…っ」
「相変わらずの反応だな」
「あ、そばないで…」
耳元で囁かれたその言葉が快楽の火種となって直線的に脳に火を着けるようだった。
獣のようにがぶりと、それでいて紳士的に優しく耳を弄ばれ、否応なく身体が反応してみせる。
小刻みに震えながらこの手を伸ばして、そっとシカクさんの頬を撫でた。なぞった頬の傷も、その向こうの額の傷も、なぞるだけでは足りないほどに愛おしかった。
「シカクさん…」
静かな微笑みで返事をしたシカクさんにつられるように笑みが零れたのが合図かのようにシカクさんが降ってきた。
先程までの短いものとは打って変わってねっとり絡みつくように口の中が犯される。今度こそ本当に酸素が足りない。捕まえようと追いかけてくる舌から逃げるようにもがいてみるけれど、それすらもシカクさんの手の平の上で転がされているような余裕が垣間見える。
追いかけるためにわざわざ隙を作って逃げさせる、そんなシカクさんの策にまんまと乗っかってしまっているようなそんな気がした。
「考え事する余裕あんのか」
「な…い…っ!」
びりりとまた電気が走った。いつのまにやら露にされた素肌が外気に触れ感覚が研ぎ澄まされたその瞬間を狙ってか、つんと主張したそこをシカクさんの指が摘んだ。
「…ゃ…は、ん…」
滑らかに輪郭をなぞり、包むように胸を押し上げ、時折走る甘い快感。
するりと自分の結紐を解き、さらりと垂れた漆黒の髪から、鋭い視線と僅かに上がった口角が垣間見える。
額から目、頬、口元それに耳、首元と順を追って丁寧に降りてくる唇と肌を擽る垂れた髪。いつだってシカクさんは私の快楽を掻っ攫っていくんだ。
「指で満足してもらっちゃあ呆気ねぇんだけどよ」
悪戯っ子のように鼻で笑うと、首元から鎖骨まで降りてきた唇が胸へと辿り着いた。
シーツを握り、ぐっと口を結んで脳へと走る刺激をぎりぎりのところで押さえつけた。荒くなる呼吸と滲んでいく視界、わざとらしい貪るような音に刺激される聴覚。
シカクさんの空いた右手が胸からするすると肌を撫でながら太ももに辿り着く。全身の毛が逆立つような感覚も、脳へ到達する頃には快楽にすり替わる。
くちゅ、
今度は少し粘度を含んだ音が、私の聴覚から刺激を与えてくると同時に身体がびくりと反応する。
「ん!…だ、め…!」
「笑わせんなよ」
分かってると言わんばかりの余裕でシカクさんの指が何の前触れもなく押し上げてくる。侵入してくるその指が確実に熱と質量を持って一点だけを責め立てれば、息苦しさと快感を運んでくる。
「んは...、ちょ…と…ま、って、」
「教えてくれよ」
ねっとりと艶やかになった指をシカクさんがぺろりと舐めながらその液を掬う。
羞恥が全身を駆け巡り目を伏せた。その先にぱさりと落とされたシカクさんの上着が彼の素肌が露になったことを物語っていた。
するりと後頭部を包みにきたシカクさんの手が易々と私の頭の角度を変えるもんだから伏せられた視線がまたばっちりと正面を向いた。
鍛え上げられたその身体に刻み込まれたいくつもの傷跡。カーテンが揺れる度に月明りに照らされて浮かび上がる戦闘の数々。
「また考え事か、ちったぁは俺の話聞けってのっ、」
「ぁはっ、ん…!」
すんなりとシカクさんのを受け入れたそこからぐずぐずと思考が溶かされていくのが分かる。
力任せの様に見えてしかしながら的確な判断力を見せるシカクさんのその動きに話など聴いていられる状況ではないことなんて彼ならば察しが付く筈なのに。
なのに、この男ときたら。
「教えてくれ、って、言ってんだ、よっ」
まるで本当は話す余裕なんて無いとでも言わんばかりに吐息を言葉に絡ませて私の聴覚を、脳を、刺激してくる。
「な…にっ、あぁ、ん…っっ」
少し動きを緩めると僅かに歪ませた笑顔を張り付けてその口を耳に近付けた。息を吸うその音さえも甘美に刺激を強めていくスパイスになることも計算されているかの如く。
「なまえの、中の俺は…お前を、どんな風に…して…っ、愛してる、」
「、んぁ!…ば、か、!」
言い切った途端に再開された動きと、執拗なまでの責め立てられ方に、意識していなくても下腹部から異様なまでの熱量がせり上がってくるのが分かった。
瞬時に脳みそを快感で焼き尽くしていき、もう何も考えられる程の余裕なんて微塵も残っていなかった。ただただ目の前に広がる甘ったるい気持ち良さに身を委ねるだけだった。
「俺を取り残して…一人イクなんざ、躾がなってねぇな…」
「まっ、て…イッた、ばっか、だ、って…ゃん…あっ!」
びくびくと身体が震え、呼吸を整える隙すら与えては貰えない。ひたすらに打ち込まれる衝撃が奥に刺さるたびにシカクさんの熱い吐息が首に掛かる。
「いつにも増して、高感度だなぁ…っなまえ…」
「っは…あっ、ん…あぁっ、」
「まともに喋れねぇってか」
私を見下し、嘲笑うその姿さえもが愛おしい。
両手を差し伸べてみるけれどあと少しのところが届かない。シカクさんが察したように少し身体を近付けてくれ、ようやく首に腕を回しそのままの勢いでぐいっと半ば起き上がり噛み付くようにして口を塞いだ。
絡み合う舌と、零れ落ちる唾液、それと混ざる汗に、シカクさんが動く度に部屋に響く水音。
足りない、全然足りない。もっと頂戴、シカクさん。これで最後だなんて、
「い…やっ、」
言葉にするつもりなんかなかったのに、抑えられたのは前半だけで、肝心な所だけが言葉となって零れ落ちた。
滲む視界が泣いていることを気付かせて、零れ落ちた滴をシカクさんが舐め取った。
「ほんと…お前って奴はよ」
動きを止め、シカクさんの両腕が私の背中に回った。片方の手が優しく後頭部を包み込みぽんぽんと頭を撫でた。
ぎゅうと腕に力を入れてシカクさんに縋ってみるけれど、手に入ることのないおもちゃを買って買ってとせがんでいる我が儘を言う子供の様で虚しかった。
「なまえ、愛して、ん…っ、」
「言わせないですよ、その先は」
余計な事言わないで、決意が揺らいじゃうから。
全部全部、いい想い出で綺麗に残したいの、邪魔しないで。
「シカクさん」
視線を逸らそうとする顔をこの手で固定して、今度は私からシカクさんと目を合わせた。
「さよなら、愛してる」
最初から最後まで、シカクさんとのキスは仄かに煙草の匂いが交じっていた。
来世ではもっと早く
出逢いたい、
なんてね。