「いってきまーす」
「忘れ物ない?お弁当持った?寝癖は...ないか。結んでるんだもんね。」
毎度のやりとりもどこか擽ったい。かーちゃんかよ、と照れ隠しに悪態を吐くとなまえは静かに笑った。
「今日はどっちに帰る?奈良家?うち?」
「んー、こっちかな」
「わかった」
どことなく嬉しそうななまえに再度、いってくるよと言うと思い出したかのように名前を呼ばれた。
「あ、シカマル!帰り、ケーキ買ってきて!」
にやりといたずらっ子のように笑うとなまえは右手をひらひらと振った。
ケーキ?
さて、今日は何記念日だったっけな。
ピンと来ないまま俺は家を後にした。
「は?」
「だーかーらっ!トリックオアトリート!」
「んなもんとっくに終わってんだろ」
魔女であろう変装をしたなまえはちゃっかり化粧まで施していた。いつもとがらりと変わる雰囲気に理解が追いつくまで少し時間が掛かった。
「だって、シカマル任務でいなかったじゃん...」
「いや、そーだけどよ」
ハロウィンとかいうよく分かりもしねーイベントに街が浮き足立っていることは知っていた。そして、確かに俺はその日を境に数日間任務で里を離れていた。
だからって、日付をずらしてまでやるイベントだとは思っても見なかったつーか、なんつーか、
「めんどくせぇ、」
しょぼくれた魔女が俯いたまま、そう呟いたかと思えば、がばっと勢いよく顔を上げた。
「今!そう思ったでしょ!!」
「なんだよ、」
笑ったりしょげたり怒ったり、忙しいやつだな全く。けれど、それを心底めんどくせぇとは思っちゃいないのは惚れた弱みというやつか。
「ケーキを寄越せ!」
「その為かよ...」
今日一日、多少悶々と何の日だったか頭を使ったこっちの身にもなってくれよ。思い出せないまま帰って機嫌を損ねるんじゃねーかとか、覚えてねーのかと悲しませちまうんじゃねーかとか、全部無駄じゃねーか。
ひょいと、左手に持つケーキの箱を頭の上へと移動した。
「な、何するの!トリックオアトリートだよ!!」
俺よりも背の低いなまえはもちろんのこと手が届くはずもなく、ぴょんぴょんとその場で少しばかり跳ねてケーキを奪おうと奮闘する。
「トリックオアトリートっつーことは、コレがなきゃ悪戯されるっつーことだろ?」
「だから買ってきてって言ったじゃん!」
逃げ道まで用意してくれるとは、なんとも出来た魔女なこった。
「じゃあ、」
「?」
「悪戯希望でお願いします、魔女サン」
「なっ、!」
顔を真っ赤にしているのは、怒っているからか?もしくは恥ずかしがっているからか?
少し潤んだ瞳できっと睨みつけられるが、それはただ男の欲を掻き立てるだけで何の脅しにもなってねーってことは黙っておくか。
「シカマル」
「っなんだよ、」
おいおい、まじかよ。
首元にあるジッパーがじりじりと胸元まで下げられる。ちらりと覗いた谷間に釘付けになりそうなのを理性が抑える。
視線を逸らしたその瞬間に、ぐいっと胸ぐらを掴まれてなまえの頭と俺の頭がくっついた。
逸らしたはずの視線が元に戻り、加えてなまえの勝気な顔が伺えた。
「今夜は寝かせないよ?」
どこでそんな台詞を覚えてきたんだ、こいつ。
背筋がぞくりとして生唾を飲んだ。
「っばーか、そういうのは男が女に言うんだろ」
このまま魔女に飲まれちまうんじゃないかと思って、精一杯の強がりを口にした。
「...どきっとした?」
本当の魔女みてーな雰囲気から一転、いつもみたいにけらけらと笑うなまえ。
否定出来ないでいるのは、その問いかけ通りだったからだ。
くるりと身体を翻し、リビングへと赴くなまえの背中を追いかけると、少しひんやりとした玄関とは一変して暖かい空気が流れ込んできた。
「ご飯?お風呂?」
着替えるのが面倒なのか、その衣装が気に入ってるのか、そのままの格好でこっちを向いたなまえの手を引いた。
「まずは、なまえから」
「え、ちょっ、!」
背中に腕を回して貪るように唇を重ねれば、抵抗していた力がどんどんと弱まっていく。
きつく腕に力を込めるとそれに応えるように俺の背中になまえの腕が回った。
「今夜は寝かせねーんだろ?」
Trick and Treat. She is a witch.