任務に犠牲はつきものだ。
頭では分かっていたことでもそれに慣れれはしないのだろう。
「おかえりなさいっ」
「あぁ」
なまえの家に訪れると、いつものように笑顔で出迎えてくれる。それがいつ、どんな時でもだ。
約束の時間に間に合わなかった日も、ヒアシ様からの厳しい修行でチャクラを使い果たしてしまった日も、敵忍を殺めた日も、そして今日も。
下忍から中忍、上忍へと階級が変わっていくにつれ、里外での長期の任務も増えてきた。勿論、任務難易度も上がる訳であるから、命の危険も増していく。
忍でなければ、と考えてしまうこともそう少なくはなかった。
「幸せが、逃げちゃうよ」
「なんのことだ」
「た め い き」
「...あぁ、」
俺を縛る肩書きを全て剥ぎ取ってくれるこの場所は、俺が俺であることに安心をさせてくれる場所だ。
だからこそ、ここには外のことを持ち込まないと決めているのに、俺がそれを守れないでいた。
「なまえ」
「ん?」
「ちょっと、こっちへ来い」
待っててくれ、としか言えないこの関係はどれ程お前に負担を掛けているのだろうか。
いつも通りを振舞ってれているにも関わらず、順応出来ていない自分自身への苛立ちを掻き消そうとなまえの名を呼んだ。
正面に座り込んだなまえを軽々と持ち上げその細い体をこの腕の中に収めた。
なまえの背中から伝わってくる体温が心地良い。このまま、何もかもを捨ててこの場所に居たい。柄にもない思考に苛まれるのはいつからのことであろうか。
「ー!っなに、どうしたの」
「じっとしていろ」
いきなりのことに慌てふためいているのか、心地良い温もりを逃しそうになるのを言葉で制した。
もう、何も、考えたくなど、ない。
頭の中を巡る弱気な思考から逃げるように、目の前の細い首元に顔を埋めた。
「くすぐったい、よ?」
戸惑いを少し含めて、はにかみながら抵抗するなまえを抱き締めている腕に力がこもる。
何か話さなければと思う度に、浮かんでくる言葉を全て否定する。何を、一体何を、話せば良いというのだ。
「ネジ...?」
「、っ...」
不安げに俺の名前を呟くなまえに返す言葉はまだ見つからないままだ。
「ねぇ、今日、変だよ?」
「..黙っていろ」
やっとのことで紡いだ言葉は、なんとも陳腐な否定の言葉だった。
明らかに向けられた敵意に、腕の中にいるなまえの身体は強張り、僅かながらに震えを感じた。
「...なにが、あったの?ネジ...」
長い沈黙の中で、なまえがきゅっと手を握ったかと思えば、追及の言葉を口にした。
大事にしたいと、守りたいと思っていたなまえをどこまでも追い詰めている自分の不甲斐なさに腹が立ち、自分の唇をきつく噛んだ。
「ネジ、お前がいながらどういうことだ」
「返す言葉もありません」
里へ戻っている最中、国境付近で他国の忍から襲撃を受けた。気を張っているつもりではいたが、それは文字通りつもりだった。
「ネジ隊長!後ろです!!!」
ほんの一瞬の隙を狙い仕掛けられた攻撃を隊員が庇い怪我を負ったのだ。
「幸い、致命傷ではないが全員意識はまだ戻っていない。」
五代目の言葉が重く突き刺さる。
「ネジ、しばらくの間休め。」
「...失礼します」
逃げるように火影室を後にした。
国境警備に当たっていた部隊が増援を送り込んでくれたお陰で、誰の命も落とすことなく里に戻れたものの、俺を隊長とした小隊は俺以外全員が意識不明の状態だ。
くそ、っ
握った左拳がじわりと痛みを伴った。どん、と重々しい音が長い廊下に響き、吸い込まれていった。
「縁談、ですか...」
「左様。これも、日向一族の為。後日、返答を聞こう。」
ヒアシ様がお呼びであると、本家へ赴くと一枚の写真を手渡された。何故、見合いの話が上がっているのか全くもって検討がつかなかった。
聞かれていないからと高を括ってなまえのことを打ち明けていなかったことが仇となった。決して隠していた訳ではなかったが、一族の為と言われては直ぐに言い返すことができなかったのは、それが分家の使命だと、勝手に思い込んだからだった。
「...忍でないお前に、何が、分かる...っ、」
決して投げつけてはいけない言葉が、溢れて零れるかのように音へと変わっていった。
「そう、だ...よね」
たった5文字の言葉が、歯切れ悪く掠れた声で聞こえてきた。
あぁ、俺がこの手で壊していく。
「お茶、淹れようかっ」
俺の腕を解き背中を向けたまま、またいつも通りに戻るなまえの声はやはり微かに震えていた。
分かり合えないなんてことは、初めから分かっていたことではないか。
なまえは一般人で、俺は忍だ。常識などを同じ物差しでは測ることは出来ない。だからこそ、任務のことは深入りしないと約束事を交わしたのではなかったか。
自分の言葉の重みを、敵意を、なまえに押し付けてから気付くなど、本当に俺はどうしようもない。
「なまえっ、「緑茶とほうじ茶、どっちがいい?」
聞きたくない、と言わんばかりの食い気味加減で言葉を遮られた。未だ背中を向けられたままの為、表情は読み取れない。まるでクナイが身体に刺さった時のような痛みが胸を刺す。
「お茶請けはやっぱり和菓子がいいかなぁ?あ、甘くない方がいい?何かあったかな」
今日ここへ来てから何も無かったかのように言葉を続けるなまえ。
それは、一体何を意味している。
「なまえ」
聞いてくれ。
「ちが、う」
本当に、
「すまない」
どんなに言葉を並べても、きっとそれはただの言い訳に過ぎず、なまえを傷付けた事実が消えるわけではなかった。
失いたくない。
考えれば考えるほど、強くなるのはそのひとつだったが俺が口を開く前になまえが振り向いた。
「ごめんね」
その瞳に溢れんばかりの涙を溜めて、零れ落ちそうになるのを必死に耐えているにも関わらず、へらりと笑ってみせるなまえ。その右手で強く握りしめた胸元の服が深く皺を作っている。
その手の奥にどれだけの痛みを抱えさせたのだろう。どれだけの不安を詰め込ませたのだろう。
何故、俺は謝らせているのだろう。
違うだろ、俺の中の何かがそう強く叫んでいるような気がした。
慌ててなまえの元へ駆け寄り、焦りを隠せないまま手を引いて抱き締めた。一瞬でも早くこの手の中に収めなければ消えてしまうのではないかと思った。
「悪かった。」
柔らかく艶やかな髪を撫でれば、返事をするかのように俺の服が少し引っ張られた。
まだ、間に合うか。手遅れではないか。都合良くも期待してしまう。
「八つ当たり、して、すまなかった」
「そんなことっ」
返答がくるとは予想もしていなかった為、なまえの言葉を遮るようにして唇を重ねた。それでも離したくないと俺は右手をなまえの頬へ添えた。
ん、と小さく息を漏らしたなまえが酸素を求めている気がして、名残惜しくも唇を離した。
「泣かせたかった訳ではない。なまえ、お前を責めたかった訳でもない。」
また零れ落ちそうになる涙を親指でゆっくりと拭った。それと一緒になまえの痛みも不安も拭えたならどんなに良いか。
なまえは照れくさそうに微笑んだかと思うと、バツの悪そうな表情を浮かべて俯いた。そう言えば、泣き顔を見られるのは好きではないと昔聞いたな。
ならば俺の胸に押し付けていれば見えまい。なまえが息苦しくならないようぎりぎりまで力を込める。
「挽回の余地はあるだろうか」
「、、、?」
「なまえ、」
質問に返答がないことは肯定か否定か。
不思議そうに顔を見上げたなまえの頬を撫でると視線がぶつかった。ひゅるりと窓から風が入り込み、なまえの髪をふわふわと揺らす。
「悪気は、なかった」
「さっきから謝ってばっかりだね」
「当たり前だろう...なまえを、お前を、泣かせてしまったのだから。」
手で口元を隠し、くすっと笑ってみせるなまえ。泣いたり笑ったり忙しい奴だ。しかし、泣かせたのは俺だ。もう、そんな顔はさせたくない。俺はその笑顔を、なまえを、守りたい。
「ネジ、?」
「っ、!」
不意に名前を呼ばれたと思えば、なまえの唇が俺のそれと重なった。
まだ、やり直せる。
そうだと受け取って、抱き締めている腕に、一層力を込めた。
「なまえ、日向にならないか」
I want you to come to the bride.