あぁ、やっぱり生きる世界が違うんだ。そう、感じざるを得なかった。
「おかえりなさいっ」
「あぁ」
2週間の里外任務を終え、無事に帰ってきたネジが浮かない顔をしている様子は気になったが、任務のことは深入りしないという2人の約束を守り、何も聞けずにいた。
眉間に皺を寄せ、どことなくいつもより上の空。
「幸せが、逃げちゃうよ」
「なんのことだ」
「た め い き」
「...あぁ、」
この生返事である。
...気になる。
素直にそう思ってしまうのは、自然なことなのに深入りできない自分に少しだけ腹が立った。
そう、私は任務のことを聞いてもまるで分からないのだ。
私が、忍ではない一般人だから。
「なまえ」
「ん?」
「ちょっと、こっちへ来い」
お茶でも淹れようかと台所でネジに背を向けていたところから、ネジの座るところまで歩く。突然にどうしたというのだろう。
ネジの正面に座るとふっと身体が軽くなり背中にぬくもりを感じた。身体の向きを180度変えられ、後ろから抱きしめられていることに気付くのは、そう遅くはなかった。
「−!っなに、どうしたの」
「じっとしていろ」
はぁ、とまた小さな、ため息が後ろから聞こえ、ネジが頭を埋めているだろう首元を擽る。
「くすぐったい、よ?」
きゅっ、と抱きしめられる力が少しばかり強くなったかと思えば、黙っていろ、と言わんばかりの沈黙が続いた。
「ネジ...?」
「、っ...」
やはり、何も話さない。それどころか、会話もままならなくなってきた。
約束を、守っている場合なのだろうか。大切な人に寄り添えないとはこんなにも苦しいとは、忍にならなかった、いや、なれなかった自分を心底恨んだ。
「ねぇ、今日、変だよ?」
「..黙っていろ」
やっと会話になったかと思えばこの仕打ちだ。お前に何が出来るんだ、という圧力すら感じる。
少なくとも私の家に来ている時のネジは、こんなにも攻撃的な態度を取ったことがない。
もしかしたら、これが本来の日向ネジという人物なのではないか、私が今までネジの何を知っていたというのか。何も知らないでこの里でぬくぬくと守られていたのだろうか。
小さな疑心は大きな不安を呼ぶ。
「...なにが、あったの?ネジ...」
私は、約束を、破った。
そこからまた長い沈黙が続いた。ネジが後ろにいる為に、表情は伺えない。
言うか、言わないか、を迷っているのだろうか。説明する言葉を探しているのだろうか。言うつもりがないのだろうか。約束を破ったことを、怒っているのだろうか。
なけなしの脳みそをフル回転したところで答えは出ない。自分で聞いておきながら苦しくなって息が詰まる。何でもいいから、返事をして、ネジ。
そう祈ったら、案外早く返事は帰ってきた。
「...忍でないお前に、
何が、分かる...っ、」
一音一音、ゆっくりと、重い口を開いたネジは、そう言い放った。
「そう、だ...よね」
それ以外の、返事が出てこなかった。息苦しさは沈黙の時よりも増してしまい、じわり、と目の前の景色が霞んでいく。ネジの両腕を解き、さっきまで自分がいた台所へと足を運んだ。
「お茶、淹れようかっ」
精一杯明るい声を出した、つもり。どうせ崩れてしまうなら、最後は綺麗な思い出でしまいこんで欲しいから。
「なまえっ、「緑茶とほうじ茶、どっちがいい?」
ネジの言葉を遮った。どんな顔をしてあなたの口から出てくる言葉達を受け止めたら良いか分からなかった。
「お茶請けはやっぱり和菓子がいいかなぁ?あ、甘くない方がいい?何かあったかな」
もう続けないで、とすらすら出て来てくれる意味の無い言葉達。
それでもやっぱり、私は、振り向くことが、出来ないでいた。
「なまえ」
やめて。
「ちが、う」
聞きたくない。
「すまない」
言葉を選ぶように話すネジに何も返せないのは、続きを聞きたくないからだろうか。
「ごめんね」
何も知らないで、何も分からないで、約束を破って、寄り添えなくて。
笑って言えただろうか。
振り向いてみたのは良いけれど、ネジの表情を読み取ることは出来なかった。
「悪かった。」
言葉と同時にネジがすぐそこに来ていたのだと分かった。左手を軽く引かれ、抱き寄せられた。
大きくて、優しさのこもった手が私の頭を撫でる。やめて、我慢していたものがはち切れてしまいそうだから。
思いとは裏腹に私の両手はネジの服をきゅっと掴んでいた。離したくない、離れたくない。そんな本心が現れるかのように。
「八つ当たり、して、すまなかった」
「そんなことっ」
ない。
顔を上げそう言いかけた時、音もなく唇が重なった。私の顔を包むネジの手が温かい。服を掴んでいる両手に更に力を込めてしまう。
ネジの顔が離れたかと思えば、今度はじっと顔を見つめられた。
「泣かせたかった訳ではない。
なまえ、お前を責めたかった訳でもない。」
ネジの親指がそっと私の頬を撫でた。きっと私は今、ひどい顔をしている。そんなのを見られたくない一心で俯いた。それを察したかのように、私を胸に収めて背中に腕を回すネジ。
私には、忍のことは確かに分からないけれど、この人のこの優しいところがやっぱり大好きなんだ。
「挽回の余地はあるだろうか」
「、、、?」
「なまえ、」
耳心地の良い、優しいその声で自分の名前を呼ばれたかと思うと、ふわりとネジ両手が私の顔をまた包み込んだ。
視線の先にはネジが居て、窓から入ってきた風がさらさらとネジの髪を揺らす。
こうやって私の心を掴んだまま離さない彼は、なんとずるい人なんだろう。
「悪気は、なかった」
「さっきから謝ってばっかりだね」
「当たり前だろう」
なまえを、お前を、泣かせてしまったのだから。と、バツの悪そうな顔をする。
あぁ、やっぱり、ずるい人。
ずるくて、不器用で、大好きな人。
「ネジ、?」
「っ、!」
大丈夫、好きだよ。
上を向いただけでは届かないそこに、少し背伸びをして口付けをした。
Eine kleine
アイネ・クライネ