太陽が山々の間に沈みかけたその瞬間が店の入り口からよく見える。乾いた空気が光を真っ直ぐに届けてくれるこの季節は、何だか一層綺麗だと感じる。
陽が暮れるのが早くなったなぁなんて感じながら、店頭に並べられたサボテン達を店内へと終いながら振り向いた。
そこに誰かが居るようなそんな気がして。
「いないか、」
誰に向けた訳でもない言葉がするりと口から零れ、苦笑いを浮かべながら暖簾を下げた。
逢えるのを期待しているだなんて行き過ぎた想いだろうか。
太陽が沈み切り、月が顔を出すそんな頃、閉じられた店の戸が乾いた音を鳴らした。
向かい合っていた書類を机に広げたまま急ぎ足でその音へ吸い寄せられるようにして施錠を解いた。
「遅くにすまない」
そう俯くこの人こそ私の待ち侘びた人。
「お待ちしていましたよ、五代目様」
「その呼び名は出来れば辞めてほしいものなのだが」
寒さのせいか色白のその肌を少し赤らめてはにかむ表情が、私の胸の奥を擽る。まるで恋人に再会したかのようなこの瞬間が、私に灯った恋心を消せないでいる理由なのかもしれない。
「今日は何かお探しですか?」
「あぁ、ゲッカビジンはあるか」
「昨日入荷したばかりですよ、こちらです」
決して広くはない店内に並ぶサボテンに目配せしながらゆっくり歩くと、時折後ろを歩む五代目様の細長い指がサボテン達を撫でゆく。その仕草で本当に口から心臓が飛び出そうになるのをぐっと堪えて深呼吸をした。
「どうした、体調でも悪いのか」
「い、いえ!お気遣いに感謝致します」
「そう堅くなるな、ただの…客だ、」
「そういう訳にはいきませんよ」
照れ隠しの様に笑って見せるが五代目様はその瞳に少しの哀しみを含ませて目を合わせられた。
「っ、も、申し訳ありません」
「何を謝っている」
「至らない事ばかりでお気を悪くされたかと…」
「そういう訳ではないのだが…ただ…」
「ただ…?」
俯かれたかと思えば、蛍光灯の光る天井を仰ぎ、ぐっと唇の端を噛んだ五代目様は小さな溜息を吐いた。
「いや、何でもない…忘れてくれ」
ずるい、そんな様なことを口にしかけて口を噤んだ。私には五代目様に深入りする資格も権限もない。五代目様から視線を外し、今度は私が唇の端を噛んだ。
ずんと重たい空気の中、沈黙が二人を包み込んで渦巻く思考が私を飲み込んでしまいそうだった。
「これを包んではくれないだろうか」
沈黙を破ったのは五代目様だった。
ゲッカビジンの鉢を両手で大事そうに持ち私に差し出した。
「は、はい!ご自宅用ですか?」
はっと我に返り作業台へと小走りで向かいながらいつものように声を掛けると小さな声で返事が返ってきた。
「贈り物だ、俺の想い人への」
ぴりっと胸の奥へ電気が走り一瞬手が止まってしまう。
「五代目様が想いを寄せるそのお方はさぞ素敵な人なのでしょうね」
じくじくとする痛みとは裏腹に、張り付け固められた余所行きの笑顔と、てきぱきと動く両手に助けられながら作業が終わった。
「成就なさることを祈っていますね」
本当はそんなこと微塵も思っていないのに。するりするりと綺麗事を並べ連ねる私なんてただの偽善者なのかもしれない。
「それはなまえ次第なのだが」
言葉にならない衝撃が全身を駆け巡る。先程まで私の手元で包まれていたゲッカビジンが五代目様の両手に包み込まれて差し出されている。
それって、それってもしかして。
五代目様、期待してもいいんでしょうか。
はかない恋、じゃない。
それは、