ダンっ、と勢いよく机に叩きつけられたジョッキが彼女の感情をいとも簡単に表した。時計の針はもう既にテッペンは過ぎていて、そろそろお開きかななんてことを考えていたらオレの右肩が少し重くなった。
「カカシさん、まだイケますよね?」
真っ赤に充血した目は、手にしているアルコールのせいだけではなくて、またしてもそこから溢れそうな涙のせい。
まだ逃がさないと言わんばかりの視線に負けて、少し浮かばせていた腰を元の椅子へと戻した。
「勿体無いねぇ」
「何がですか?」
「ほら、なまえはなかなか人気高いからサ」
重たくなりかける空気を掻き消すように茶化してみたけれど、なまえの顔が綻ぶことはなく鋭い言葉が返ってきた。
「私、忍には興味ないですから」
酔っているはずなのにその言葉にだけ温度がなく、鋭い刃物のように目の前を掠め飛んで行った。
からん、とグラスの氷が溶け落ちる音に視線を下げるとその肩が小さく震えているような気がした。
忍、と一括りにされたその中にオレも漏れなく組み込まれているんだな、なんて自分の淡い恋心を嘲笑ってみたりして。
「男に振られたくらいでそんな自棄にならないの」
「私だって!...女、ですから...」
「いっそ、オレにしちゃえばいいのに」
半殺しを食らうくらいならば玉砕した方がましだと、お酒の勢いのせいにしてなまえと向き合った。ぴしゃりと間髪入れずに胸が痛むのを覚悟していたら、その返事は先程とは違った声色で耳を掠めた。
「でっ、ですから!... 忍は、だめ、なんで、す、」
「どうして?」
温度のない冷えきった " 興味がない " が、戸惑いを隠し持った自制の " だめ " に変わったのを聞き逃しちゃいない。一粒の期待があるならば縋りついてしまうのはさぞ滑稽だろう。
明らかな動揺を見せるなまえが、雄弁に物事を語るなまえが、叱られている子供のようにもごもごと喋り出した。
「任務は、忍は...死と、隣り合わせです、」
「うん」
「...いつ、死ぬ、かも、分からない人を...待っていられる程、私、強くないんです...」
視線をあちこちに移しながら言葉を紡ぎ終わるとバツの悪そうな笑顔が目の前に現れた。みんな同じだよ、とか、そんなところ強くなれる訳ないよ、とか、そんなありふれた返事が喉元まで上がってきたのをぐっと押し殺した。
なまえの何がそう思わせたかは知らないけれど、オレに言えるのはこれくらいだった。
「じゃあオレが忍辞めちゃったら、なまえの眼中に入れてもらえるのかな?」
赤く染まったその目をこれ以上ないくらいに見開いたところを見ると、一粒だった期待が少しずつ膨らんでしまう。
その綺麗な一粒を、もっと注いで欲しくて、ゆっくりとなまえの頭を自分の懐にしまいこんだ。ただの自己満足でも何でもいい、拒絶されるなら仕方ない、けれど伝えられずにはいられない。
「オレにしちゃいなさいよ、ね?」
なまえの柔らかい髪をこの手に取ってその毛先に小さく口付けた。ちらりと視線を移せば紅く色付いた唇を噛み締めてるもんだから、耳の後ろから後頭部に手を滑り込ませてなまえのそこに近付いた。
火影のくせに、なんて言わせない