※死ネタ



「では、元気で」

そう言って、手を離した。離したのに、その手をまたお前が掴んだ。仙蔵、といつもの声音で私の名前を呼ぶ。止めろ、止めろ、ここで切らなければ、私たちは先へは進めない。重ねられた手を、そっと取り払えば素直にどけられたそれ。

「世話になった」

さらばだ、と。振り返らずに歩き出す。名残惜しさが後ろ髪を引く。もう声を聴くことも手を握ることも抱きしめることも、共に笑うことさえ叶わない。さらばだ、短い命の恋心。



忍術学園を卒業した仙蔵は戦忍びになった。同じように級友たちの多くが忍びとして暗躍する道を選ぶことが多かった。だから、覚悟はしていた。こうして戦場で相見えることを。ずっと、覚悟していたのだ。

刃の切っ先を避けた拍子に覆面が破れ、顔が露わになった。すると対峙していた忍びの動きが止まる。まさかとは思っていたのだ。この動き、覚えがあった。学園時代何度か手合せをしたことがある、こいつは。
忍びが自身の覆面に手をかけ、それをはぎ取った。日の光に照らされた口元が薄らと笑っていた。まるで嘲笑するかのように。

「久しぶり、仙ちゃん」
「…小平太」

周りのあちこちから爆音や怒号が響く中、はっきりとその声は聞こえた。嗚呼なんとも無慈悲なことだろう。かの友人が、刀を構えた。分かっているとも、戦場で会ったのが運の尽き。同じように刀を抜いた。

ほぼ同時に地面を蹴る。


―――戦場で会ったなら、友であろうと私は殺すよ』
『ほう、ならばその相手が私だったのなら、どうだ』
『うーん、仙ちゃんでも敵なら容赦しないだろうな』
『当然だろう、私もだ』
『それはどうかな』
『どういう意味だ』
『私は仙ちゃんを殺せるけど、仙ちゃんに私は殺せないよ』
『自惚れるなよ、小平太』
『そう、ただの自惚れだ。けどその理由は仙ちゃんと同じ』
『…どういう意味だ?』

以前小平太と交わした言葉を思い出した。彼はその後、さあ、と誤魔化す様に綺麗な笑顔で首を傾げて見せたのだった。その表情があまりにも嬉しそうで、記憶に残っている。けれど残念だったな、小平太。現実はそう甘くない。

「ッ!?」

地に伏せたのは、小平太だった。仰向けに倒されたところを、仙蔵が上に乗り取り押さえる。小平太は仙蔵を見据えたが、抵抗を見せる気配は無かった。

「…私の勝ちだ、小平太」

忍びなら、覚悟はできているだろう。小平太は動じない。取り乱すことも、笑うこともしない。

「さらばだ」

刀を振り上げ、小平太の喉元に突き立てる。…はずだった。
刃は小平太の横をすり抜け、固い地面に突き刺さる。平然を装いつつも、取り乱していたのは仙蔵だった。正気だったのなら、小平太と戦ったりはしなかった。今更、気付いてしまった。ずっと、学園時代から。強がっていたのは、忍びであろうと偽っていたのは、私だった。
小平太の上に蹲る。

「…ない、」

私に小平太は、

「仙ちゃんに私は殺せない」
「ッ」
「でも、」

身の内に衝撃を受けた。

「私は仙ちゃんを殺せる」

背中に突き刺された刀。鈍い痛みと、鉄の塊が喉を通る。けれど、自然と口角が上がった。

「馬鹿、な奴だ…小平太、お前、自分にも、刺さってるじゃないか…」

仙蔵が吐き出した血が小平太の頬に飛ぶ。同じように彼の口元からも血が溢れ出た。仙蔵の背中に突き立てられた刃は、彼を通り越して自身の、小平太の身も貫いている。小平太も仙蔵と同じように笑みを浮かべた。

「言っただろ、仙蔵と同じだって、自惚れだっ、て」

口を開く度に喉が鳴る。不意に刀が小平太によって抜き取られた。痛みが体の中を走る。それでも小平太は何事もないかのように話し続けた。

「仙蔵は、私のことを好いてくれているから、私を殺せない、」
「…はは、違いない」

どさり、仙蔵は小平太の上に体を預ける。

「私も、未だ、仙ちゃんが好きだよ」
「…そうだろうとも」
「だから、私は仙ちゃんを殺すんだ」
「……そういう、ことか」
「うん…仙ちゃんと争うくらいなら、仙ちゃんが誰かに殺されるくらいなら、仙ちゃんのいない世界で生きるくらいなら、」

二人で共にこの世をおさらばしようじゃないか。

「ばかな男だ、ほんとう、に」
「うん」
「そんなばかを、あいした私の負けだ」
「うん」
「さらばだ、」
「あいしてる」

さよならを告げる先は、この戦場に、はなむけを憐れな忍びに。ここを去る二人の散華を。