れよりも深く


「鬼さーん、大丈夫ですかー」

そう問いかけながら義丸はしゃがみ込む鬼蜘蛛丸の背を撫で続けた。兵庫水軍のお頭である第三協栄丸より忍術学園への用足しを頼まれ、それに赴く最中だった。しかし鬼蜘蛛丸といえば筋金入りの海の男、陸に上がると酔ってしまうという奇怪な体質の持ち主だ。それ故に途中の山中でへばってしまうのである。第三協栄丸はそれを知っていながら何故彼に行かせたのか、陸酔いを克服させようとでもしているのだろうか。

「…すまねえな義」
「もう慣れましたよ」

謝罪も遠慮も今更だ、と。何せガキの頃からの付き合いだ、互いの汚い部分だってよく見てきた。それが酔ってゲロ吐くくらいが何だというのか。

「時間はあるしゆっくり行きましょうや」

ね、と義丸は彼に笑いかけて自身も地面に腰を下ろした。よく考えてみればこうしてゆっくりする時間は珍しい。これが船の上ならばよかったのに、と思いつつも船の上でゆっくりする機会など早々ないだろう。

「ふう、大分落ち着いてきた…」
「そりゃ良かった」
「いつも助かるぜ、義」
「いえいえ」
「お前には格好悪いとこ見せちまうなあ」

そう言って苦笑を浮かべる鬼蜘蛛丸に義丸は目を丸くする。

「何言ってんだ、鬼さん」
「ん?」
「鬼さんは格好良いよ」

そんなことを、真顔で言う。

「山立として船にいる時は勿論、陸酔いしてようが何してようが鬼さんは格好良いよ」

俺の憧れだ、と今度は照れくさそうに笑った。
こうして長年連れ添ってきてこそ分かる、相手の深みが。普通ならば見えないものまで垣間見える。それは決して綺麗なものばかりではないが、その中に含まれる汚れたものすらも、深い。この人はでかい人だ。

「だから俺は、こうしてあんたと肩並べてられることが誇りですよ」
「…義、」

じん、と胸の奥が熱くなった。それは過大評価しすぎだと思ったが、素直にその好意は嬉しかった。しかもこうやって真正面から伝えてくれるとは。否、そこが彼の良いところなのだろう。

「義は可愛い奴だなあ」
「はい?何言ってんだ、陸酔いで頭沸いたんですか」
「沸いてねえよ!正直な感想だ」
「それはそれで素直に喜べませんって」

困ったように笑いながらも、顔を背けた彼の顔はほんのりと赤い。

「…本当に可愛い奴め」
「だから、…つかそんなこと俺に言うの鬼さんだけですよ」
「つまりは俺の前でだけ可愛いってことか」
「…ちょっと鬼さんどういう意味だ」
「そのままの意味だ」
「ッ、ほら、もう行きましょう」

その空気に耐えかねた義丸が立ち上がってさっさと歩き出す。

「おい義待てって…うっ」
「ほーら置いてくぞ〜」
「てめえ…」

前方から笑顔でひらひらと手を振る義丸を少し憎く感じた。そんな鬼蜘蛛丸を見ながら義丸は笑みを深める。

「仮に格好悪い鬼さんでも、俺は好きだけどな」

ぽつりと呟いた。

「あ?何か言ったか義」
「いや、日が暮れちまうぞって」
「…おう」

そうして二人並んで忍術学園までの道のりを歩いて行った。