現パロ、転生表現あり。重は記憶があって舳丸にはない。
懐かしい味
2月14日といえば、世間ではバレンタイン等と騒がれている日である。そんな中彼らは海に居た。そう、冬の海に。
「海だー!」
浜辺に出ると重がはしゃいで靴と靴下を脱ぎ捨てる。仕事が休みだった舳丸は学校帰りの重に呼び出されてここにいた。別段これは珍しいことじゃない。舳丸の休みの日は大体重に奪われるのだ。しかしそれに対しての不満はまったく無かった。
「海なんていつも来てるだろ」
何をそんなにはしゃぐ、と呆れ気味の舳丸だがその表情は穏やかだ。
「なー舳兄ィ」
冷たい海に足を入れながら重が舳丸を向いた。波音に言葉声が消されないように声を張り上げる。
「舳兄はチョコ貰った?」
「ん、ああ、昨日な」
「さっすが〜舳兄モテるもんな」
「それはお前だろう、学校では人気者だと航から聞いたぞ」
「そんなことないよ」
「お前こそ、いくつ貰ったんだ?」
からかうように舳丸が尋ねれば、重はニカッと歯を見せて笑った。
「0個!」
「え?」
「それよりもさあ、舳兄ィ!」
「ん、ああ、なんだ」
「ちょっとだけ泳ごう」
すでに膝まで海に浸けながら重が舳丸を海に誘う。それこそ舳丸は目を見開いて驚いた。
「馬鹿言うな、冬の海だぞ」
「前は冬でも潜ってたじゃん」
前、というのがいつのことであるのかは舳丸には分からなかったが、ただ冷たい海というのを身体は知っていた。
「ほらー!みーよーしー!」
「…分かった分かった」
まるで駄々を捏ねるように重が手招きすれば、舳丸も素足になって海へと足を入れる。あまりの冷たさに痛みすら感じるが、不思議と不快感はなかった。
「よし、泳ごう!」
「あ、おい重!」
舳丸の制止も聞かず重は海へと沈む。制服が濡れるのもお構い無しのようだ。けれど舳丸も、コートを浜辺に脱ぎ捨てその冷たい海に身を沈めた。
冷たく、静かな世界。自然と瞳を開けば重が見えた。目が合うとその目を細めて笑う。
一度水面へ上がり息を吸い、二人とも何も言わず再び海へと潜った。知らなかった、自分がこんなにも泳げたなんて。もう海の冷たさなど気にならなくなっていた。
いつの間にか隣には同じように泳ぐ重。自然と頬が緩み、笑いかける。すると重の手が舳丸に伸びて、その頬に触れた。気が付けば至近距離に顔があり、唇同士が触れ合う。驚く暇もなく、何かが口に入ってきた。これは、
二人同時に水面に上がる。へらっと笑う重に舳丸は首を傾げた。
「……チョコ?」
「正解〜!」
「お前なあ…」
「どう?美味い?」
「……しょっぱい」
「………」
ふ、と二人して笑った。海の中でキス、しかもチョコを口移しする奴がいるか馬鹿、と舳丸が重を殴れば「怒るとこ普通違う」と重は笑った。そして、
「今度は舳兄が頂戴」
そう言って濡れた制服のポケットからチョコ包みを取り出すと、ひょいと舳丸の口の中に入れ、再び彼に口付けた。反論を言う暇も無かったが、抵抗は見せない。
舳丸の中からチョコを奪い、舌を絡める。二人の口内で溶け合うチョコはとても甘く、けれどその中に塩味がほんのりと紛れ込んでいた。
チョコがどちらともの口内から無くなるまで舐め尽くすと自然に唇を離す。
「…舳兄美味しい」
「……馬鹿だろお前。これがしたいがために海に入ったのか」
「うん」
「風邪引いたらどうする」
「大丈夫、海に入って風邪引いたことねーから!それに、」
「それに?」
「舳からチョコ貰いたかったから」
舳からしか欲しくなかったから、学校では貰わなかったんだ。
「でも舳が用意してくれてるはずないと思って、強行突破してみた」
へへっと重が無邪気に笑う。すると舳丸が複雑そうに眉を寄せた。嫌だっただろうかと内心焦った重だったが。
「用意してる」
「………え?」
「重は学校でたくさん貰うだろうから、いらないかとも思ったんだが…ほら、お前甘いもの好きだろ?だから…今日、持ってきた」
「…舳、」
「別に他意があったわけじゃ無、」
「舳いいい!」
ばしゃん、と水飛沫をたてて重は舳丸を抱き締めた。
「ちょ、重、沈むっ」
「ありがとう、舳兄、俺、舳兄が好きなんだ」
「……」
「意味、分かってくれるよな」
「…ああ」
舳丸も重に腕を回し二人は海に沈んだ。海の中で抱き合いながら、もう一度だけ口付けた。