手どころじゃない


しまった。
パックリと切れた右腕を見ながら兵助は内心呟いた。授業や実習では極力怪我をしないようにしているのだが、ちょっとした心の隙に油断が生じまれにこうして傷を負っていまうことがある。しかしこの位置ならば手甲で隠せばなんとか見えないだろう。

「あらら派手にやったなー」

ひょいと後ろから顔を覗かせた勘右衛門が兵助の腕に目をやった。

「…黙っててくれよ」
「医務室行かないの?」
「……」
「ああ、兵助嫌いだもんね、」
「嫌いなんじゃない、苦手なんだ。医務室、が」
「医務室…ね」

含みのある言葉を返し、勘右衛門は「せめて自分で消毒しておけよ」と声をかけてその場を後にした。兵助は学園に戻ると新しい手甲で傷を隠して次の授業へと足を運ぶ。その途中、


「久々知」

後ろからかかった声にびくりと肩を弾ませた。声で誰かは分かった。振り返りたくなかったが立ち止まってしまった以上聞こえなかったふりは出来ない。

「…なんでしょうか、善法寺先輩」

仕方なく振り返れば、思っていた通りの人物が口元に優しげな笑みを浮かべて立っていた。

「おいで」

伊作はそれだけ言うと踵を返した。それに従わないという選択肢は無く、溜め息を一つ零した後兵助も続いた。

やってきた場所は案の定医務室で、兵助はその入り口の前で立ち止まる。

「入って。…ここ、座って」

伊作は自分の前を指差した。言われた通りに伊作の前に腰掛ける。

「はい、腕見せて」
「……」
「早く」

普段不運委員長だなんて言われて後輩にも嘗められがちの伊作だが、実質のところ実力はある。こうして対峙した時にその凄みは実感するのだ。恐らく戦場で相見えるよりも医務室で向き合った時の方が彼の気迫は強いのではないだろうか。
おずおずと兵助は右腕を差し出した。

「見た目より深いね。放っておいたらもっと酷くなってたよ」
「…はあ」
「沁みるよ我慢してね」

そう言って伊作は手早く処置を施した。丁寧に包帯を腕に巻く伊作から、兵助は目を逸らす。兵助は伊作が苦手であった。なんというのだろうか、怖いのだ。忍びに向いていないと人々は言うが、忍びからしてみれば厄介な相手であることは確実なのだ。何せ、彼の考えは何一つ読めない。普通の忍びならばしない行動を彼は取る。普通の忍びなら考えもしないようなことを彼は考える。濁り無い瞳でこちらをじっと見つめられれば、心を見透かされたような気分になる。それがとても、気持ち悪い。

「はい、出来たよ。これからは早めに来るようにしてね」
「…心がけますよ」
「僕のことが嫌なら新野先生に頼めばいいから」
「…別にそういうわけじゃ、」

伊作はいつだって笑っている。今も、そうやって気にしていない風に。貴方は何に気付いている?何を、

「貴方は一体、何を考えているんですか」

問えば伊作はきょとんと目を丸めた。そしてその目を細め、口角を上げてまた笑う。

「なにも?」

不思議なことを言うね久々知は、だなんて!(あんたにだけは言われたくない)