真なひと


例えば、ふと視線が噛み合った瞬間にふいと逸らされるだとか。会話しているのに合わない目線だとか。その大きな瞳に自分を映してくれないことが、どうももどかしい。

「兵助くんは僕が嫌いなの?」
「…は?」

思わず口を告いで出た言葉に、兵助くんはその大きな目を更に見開いた。けれど瞳はおろか顔すらこちらに向けてくれない。放課後の委員会。今日は僕と兵助くんが担当で、棚の火薬チェックする手を止めずに「突然なんですか」と兵助くんは問う。

「うーん、なんとなく」
「意味が分からない」
「兵助くんは僕を見ないから」
「……」

僕の言葉に兵助くんは口を噤んだ。まだ「そんなことない」と嘘でも否定してくれた方がマシだったかもしれない。それではまるで肯定しているようじゃないか。

「僕嫌われるようなことしたかなあ」
「…別に」
「仕事の要領悪いから?」
「タカ丸さんは慣れていないなりに頑張ってますよ。そういう人は嫌いじゃない」
「なら、どうして?」
「……」

兵助くんの手が止まり、瞳が伏せられる。ああ、睫毛が長いなあなんて。

「タカ丸さんは、忍びに向いてない」
「…へ?」

突然の、脈絡のない言葉。確かに自分でもそう思うけど、それが僕を嫌うのとどう直結するのだろう。分からずに首を捻ると、兵助君は瞳を開き、僕を見た。その綺麗な瞳いっぱいに、僕を映す。ドキリと心臓が跳ねた気がした。

「あなたは余りに、真っ直ぐすぎる」

そう、どこか困ったように告げられた。真っ直ぐ、とは。

「…怖いんですよ。その真っ直ぐな言葉も、瞳も、態度も。あなたは与えられたものをそのまま受け取ろうとする。また、感じたものを真っ直ぐこちらに与えようとする。忍びならまず疑ってかかるべきだ。それなのに…」

言葉を濁し、また僕から視線を外した。もう少し、見つめ合っていたかっただなんて。

「兵助くんは、僕が忍びらしくないから嫌いなの?」
「…嫌いだとは言ってない、初めから」
「うん?」
「だから、怖いんです」
「…初めて言われたよ、そんなこと」
「うちの生徒なら何人かはきっとそう思ってます。あなたは余りに綺麗すぎる」

これは褒められているのだろうか。いいや、違うか。本来忍びのたまごとして恥じるべきことを教えられている、に近い。けれど兵助くんからはそういった意思は感じられない。どちらかといえば、

「ごめんね」
「…なんでそこでタカ丸さんが謝るんですか。失礼なこと言ってるのは俺なのに」
「何が理由でも、怖がらせちゃったみたいだから」
「あなたが怖いのは、味方だからです。その視線が、怖い」
「うん?」
「…無自覚なんですね」

そう言いながら眉を下げ、上目使いに兵助くんに見上げられる。兵助くんの言葉が難しくて、何を言われているのかよく分からない。じっと見つめていると、その眉にぎゅっと寄せられた。

「その、目」
「え?」
「いつも真っ直ぐに、俺を見るから」
「…うん?」
「毎日、毎日…見てるでしょう、俺の事」
「へ…?」
「…ほら、無自覚」

困ったようにはにかむ兵助くんに、驚かされた。言われてみれば、確かに。毎日僕の記憶には兵助くんが残っている。そうか、そんなに見てたのか。それをこの子が気付かないわけない。

「正直、どうしていいか分からないんです。あなたが真っ直ぐなことは知っていますが、俺はここで五年間忍びになるべく学んだ身…あなたから受けるその視線すら疑ってしまう。同じ学年の奴らとの、腹の探り合いというか手の内を見せない思考の読み取り合いは得意なんですが、その…こうも真っ直ぐにぶつけられると、どうやって対応すればいいのか…」

下級生の真っ直ぐさとはまた違う、と兵助くんは言う。
兵助くんは五年生の中でも優秀で、六年に次ぐ忍びらしさを持っているのだろう。それに比べて僕はどちらかといえば下級生寄り。忍び同士の勘ぐりなどさっぱりだ。

「確かに、僕は毎日のように兵助くんを見てるけど。ただ気になって見てるだけで…迷惑だった?」
「迷惑ではない、です…けど」

兵助くんがまた言葉を濁す。

「その、気になるので」
「…」

気になる。それは、僕の視線が?僕のことが?いや、前者に決まってる。それでも、

「はは、それは嬉しいなあ」
「ッ、やっぱり迷惑です」
「えー!?」

僕から完全に視線を外し作業に戻った兵助くん。そんな兵助くんをまだじっと見つめ続ける。

「ごめんね、兵助くん」
「…だから、なんで」
「これからも多分、ずっと見ちゃうと思うなあ」
「…」
「でもこれは忍びとか関係なくて、一人の人間としての、君に対する純粋な好意だから」

弾かれたように兵助くんが僕を見た。それが嬉しくて思わず頬が緩む。

「ね?」

そう問いかけるように言えば「勝手にしてください」とそう答えた、兵助くんもどこか笑っているように見えた。