才と秀才


夜遅く、兵助は学園の訓練場で自主練をしていた。他の生徒は誰も居ない。上級生ともなれば夜中に自主練をするのは当然のようなもの。しかしそれを毎晩やる生徒は意外と少ない。
けれど兵助は毎晩のように自主練を欠かさなかった。それは単に真面目だからという理由だけではない。

不意に背後から気配無くざり、と土を踏む音。思わず手に持っていた手裏剣を投げつけた。金属音と共に投げた手裏剣が弾き返される。姿を現した級友に溜め息を零した。

「…三郎か」
「ご名答」

相も変わらず雷蔵の顔をした三郎が苦無を片手に笑う。自分で弾き返した手裏剣を拾い兵助に手渡した。

「毎晩毎晩熱心だねえ」
「自分のためだしな」

手裏剣を受け取ると、それを手裏剣板にシュッと投げつける。カッ、と鋭い音を立てて手裏剣が板の真ん中に突き刺さった。三郎がわざとらしく口笛を吹く。そうしてしばらく兵助の練習を黙って後ろで眺めていた。そんな三郎がぽつりと口にした。

「兵助の優秀さは必然だ」
「…なんだ突然」

振り返って見た三郎の表情は、口元は笑っているものの目が笑っていない。

「お前はこうやって皆が寝静まった後も自主練習に励んでいる。けれどそれを知らない奴らがお前の成績を"天才だ"とか"才能がある"などと陳列な言葉で片付けてしまうのが、私は腹立たしい」

頭が良いのも、実技が上手いのも、なんら不思議はない。兵助が誰よりも努力家だというだけの話だ。

「…俺、天才とか言われてんの?」
「言ってる奴もいるさ、中にはな」
「天才は三郎だろ」
「ああ、そうだとも」
「納得するな、三病だぞ」
「はは」

三郎は笑う。兵助はまた訓練場に向き直った。そんな兵助の背中に三郎は話し続ける。

「兵助は云わば秀才と言ったところか。けれどそれを理解しない馬鹿共がお前を妬む。まったくもって不愉快だ」

三郎の愚痴ともとれる言葉に、兵助が「でも」と口を挟んだ。

「俺は別に気にしないし、それに俺のことを理解してくれてる奴を一人知ってるから心強い」
「ほう、誰だ?」

兵助は振り返り、ぴ、と三郎に指を突きつけた。

「鉢屋三郎」

そう言ってまた手裏剣を握り直し的に向かって投げつける。三郎は面食らったような表情の後、くつりと笑った。

「…違いない」