かされる


鉢屋三郎という男は、掴み所が無い。いつだって飄々とあっち行ったりこっち行ったり。ふざけた様子で真意を他人に読み取らせまいとする。分かることと言えば、級友の雷蔵を気に入っているということくらいだろうか。ああ、後、もう一つだけあった。

あいつは、俺と対峙した時いつだって手を抜かないのだ。

本来三郎は授業であってもあまり本気を見せない。忍術学園不敗の男だなんて言われているが、実は本人の気分次第で対戦実技は勝ったり負けたり。てんでやる気を見せない。先生方も三郎の実力を知っている分、半ば諦め気味だ。

そんな三郎が俺と対峙する時、あいつはいつだって本気だった。それを少しだけ、不思議に思っていた。



裏裏山での実習。しゅ、と標刀が頬を掠りチリっとした痛みが後からやってくる。それでも動じないのは、これしきの傷を受けなれたからだ。視線は奴から離さない。素早さは負けていない自信はあったのだが、奴もこれまた背がある癖に小回りが利く。何発か攻撃を繰り返した後、地面に伏したのは俺だった。

「…私の勝ちだ、兵助」

にやりと口角を上げて俺を見下げる三郎。あーあ、また負けたと呟いて上体を起こした。立ち上がって服についた土を払う。

手で標刀を弄りながら笑う三郎は、本当に戦闘センスが高い。大げさではなく、六年生とも渡り合えるのではないだろうか。そんな彼は普段本気を見せないのは何故だろうか。俺に対してだけ、いつだって本気でかかってくるのは何故だろうか。

「何で、俺には手加減を見せない」

気が付いたら口にしていた。きょとん、と三郎の顔が固まった。

「俺は手加減されたら腹立つから、むしろ有難いけど。ああ、じゃあ質問が違うか。何で他の奴らには手加減するんだ?」

小首を傾げて問えば、三郎は目を大きく開いた後、今度はそれを細めて可笑しそうに腹を抱えた。俺は変なことを言っているつもりは無いが。


「何が可笑しい」
「や、手加減、ね。そうだな、あいつらにはわたしは手加減しているのかもしれない」
「かもしれない、って。してるだろ」
「正確には、手の内を見せないだけさ」

意地悪く三郎は笑って見せた。その堂々たる態度は、いつだって変わらない。

「ここで学ぶ内はまだ仲間、けれどここを出ればいずれは敵になる可能性も高い。自分の戦闘型式はそろそろ固まってくるだろ。それをわざわざ敵になるかもしれない奴に見せるつもりはない」

三郎はそう言うが、それなら些か矛盾があるではないか。

「俺だって、その敵になる可能性に含まれているだろ」
「私は兵助とは敵になるつもりはないよ」

今度は、俺がきょとりとする番だった。言っている意味が分からない。するとまた三郎は再び繰り返す。

「私が兵助にいつだって本気を見せる理由は、一つは兵助と争う気が無いから」
「じゃあ、もう一つは?」

問えば三郎はうっすらと目を細めて笑った。


「好いた相手にはいつだって優勢でいたいものさ」


え?と聞き返した時、三郎の顔が間近にあって。反応出来ずにいたら、頬に口を寄せぺろりと舌で舐められた。小さな痛みが頬に走る。そうだ、さっき切られたんだった。

「一応医務室行っとけよ」

三郎はそれだけ言い残し、木々の間に消えて行った。舐められた頬に触れ、俺はただ三郎が去って行った先を見つめたままで。何を言われたのか未だによく理解できていなかった。

「…好いた、?」

ただ、頬が熱を持って、熱い。