一重


五年の先輩はみんな優しくて仲が良いですね、なんて後輩たちは言う。しかしそれらを誰が肯定しただろうか。否、誰も笑って受け流すだけであった。何故ならば別段彼らがみんな仲良しというわけではないのだ。誰にだって馬の合う合わないはあった。

こうして少しの意見の食い違いから睨み合いに発展する彼らのように。
そう、鉢屋三郎と久々知兵助だ。彼らは五年の不真面目な生徒と生真面目な生徒代表と言ってもいいだろう、所謂授業に打ち込む態勢が真反対と言っていい二人である。そんな二人が意見が合わずしてぶつかり合うことは珍しくは無かった。

「鉢屋、お前いい加減にしろ」
「私が私の好きにして何が悪い」
「お前が好きにすることだけなら勝手にすればいい、周りを巻き込むな」
「私は兵助を巻き込んだ覚えは一度もありませんー」
「俺じゃなくても、だ。いつも雷蔵やハチや勘ちゃんを連れまわしやがって、迷惑なんだよ」
「なんで他人の迷惑をお前が決める、それこそ迷惑だ」
「何だと、」
「やるか?」

「はいはいストップ!」

バッと二人して得意武器を構えたところで止めに入る。竹谷が鉢屋を後ろから抑え込み、勘右衛門が兵助の前に出てどうどう、と肩を押す。

「学年でトップのお前らがやりあったらどっちもただじゃすまねえだろ」
「そうだよ、善法寺先輩のお説教受けることになるよ?」

二人の制止の言葉も「そんなもの知るか」と切り捨て二人は今にも取っ組み合いを始めそうになる。それを止めるのも一苦労というわけだ。そんな様子を、雷蔵は何故か微笑ましく眺めている。

「ちょ、雷蔵も見てないで止めてよ」
「え?うん、そうだねえ」
「何がそんなに面白いの?」
「いや、二人とも似た者同士だなって」

雷蔵の言葉にピタリと三郎と兵助の動きが止まる。

「雷蔵、聞き捨てならんぞ」
「俺がこんなちゃらんぽらんと似てるだと?」
「私はこいつみたいに頭でっかちじゃない」
「「ッ!!」」

そうして二人はまた睨み合う。

「雷蔵、火に油!」
「ああ、ごめんごめん。ところでもうすぐ授業始まるから、確かこの後い組ろ組合同演習だったよね。演習場に向かおうよ」

雷蔵が宥めるや否や二人はふいと互いに顔を背けた。そうして三人で演習に臨んだわけであるが、どうしてこうもタイミングが悪いのか。

今回の演習は二人一組のペア制だったが、そう、三郎と兵助がペアになったのである。ペアになって目的地まで向かう最中、他のペアから手拭を奪うというものであった。ペア同士の協調性が試される。一層不機嫌さが増した二人だったが、なってしまったものは仕方ない。

「足を引っ張るなよ三郎」
「誰にものを言ってる」
「お前にだ。いいか、お前実力はあるんだ、真面目にやれ。なんでわざわざふざけるのか俺には分からん」
「分かるものか、私はお前みたいに詰まらなく人生を歩むつもりはない」
「…何だと」

まさに一触即発。けれど触らぬ神に祟り無し、それに一応授業だ。兵助がわざわざ問題を起こすようなことをするはずがない。現に今も三郎が兵助を挑発してみせたが、彼は拳を握りしめただけで耐えた。そういったところが三郎は気に入らないのだが、そんなこと兵助は知る由もない。


けれど、だ。演習が始まって間もなく、三郎は姿を消した。本当にあいつはどれだけ人を苔にすれば気が済むのだろう、兵助は怒った。一人の方が良いかとも思ったが二人一組で成せと言われた内容だ、一人で行ったとしても評価されないであろう。しかも今回は自分ら以外の級友たちは敵同士である。二対一の戦いではどちらが不利かは明白だ。

(三郎の奴、どこまでいい加減なんだ。いつもそうだ、あの時もあの時も、あの時も)

ふつふつと怒りが湧きあがる。本人にも言った通り三郎には実力がある。それは兵助自身も認めているのだ。それなのに本人はといえばその実力に不釣り合いな程に気分屋な性格で。筆記試験も実技試験も真面目に受けようとはしない。普段から誰彼かまわず変装して悪戯をしかけるは、平気で周りをくだらない遊びに巻き込む。だから兵助は毎日が気が気ではないのだ。

確かに兵助は三郎に顔を使われることは多々あっても本人に振り回されることはあまりない。それでもいつ三郎が何をしでかすのか気が気ではないのだ。あいつが痛い目を見るくらいどうでもいい、むしろそうなればいいとすら思う。けれどいつもみたいにフラフラして、何か大きな事件にでも巻き込まれればどうする。いくら実力のある三郎といえどただでは済まないだろう。

それなのに、彼はそんなこと微塵も思いもせずに毎日あっち行ったりこっち行ったり。授業でさえ真剣に取り組まない。兵助がいくら忠告しようと聞く耳を持たない。そんな危機感のない三郎が、兵助は大嫌いなのだ。

「ッ!」

誰かの気配。恐らく二つ、ということは三郎ではなく他の級友、つまりは敵だ。上手く気配を消しているが、まだ甘い。恐らく兵助が一人でいることに動揺したのだろう。三郎がどこかに身を潜めているのではないか、と。その疑心暗鬼が兵助に自身らの居場所を知らせることになってしまったのだ。

「そこか!」

兵助の投げた手裏剣が弾かれる。予想した通り、級友たちが姿を現した。

「兵助、鉢屋はどこだ」
「…さあな」

深くは言わなかった。今この状態はチャンスだ。どこかに三郎が隠れているやもと周りを伺いながらの彼らと戦ったとすれば、自分にも好機はある。しかし、

「ああ、鉢屋の奴。またばっくれたな」
「…」

すぐにバレた。ほら、そうやって普段から真面目にやらないからだ。歯痒かった。

「兵助も大変だな、あいつと組まされるなんて」

そう笑みを零す級友に苛立ちが募った。お前らに何が分かる。

「鉢屋の奴も強いけど、なにせあいつはやる気ないからな」
「勿体ねえよなあ」
「まあ仕方ないだろ、本人があれじゃ」

好き勝手言い続ける彼らの言葉を、ただ聞き流していた。

「ま、あいつも今じゃ力あるってちやほやされてっけど、学園出たら分かんねえしな」
「だな。変装が出来る奴もごろごろいるし」
「所詮あいつも大した奴じゃないってことだろ」

「煩い!」

…聞き流せなくなった。あまりにも目の前の級友たちが煩く囀るから。

「お前らがあいつの価値を勝手に決めるな」

ただ腹が立った。例え相手がどんなちゃらんぽらんでも、そいつの価値を他人が決めていいはずが無い。俺ですらあいつの思考は読めないのだ、でもあいつの中には何かある。それが分からないから、また腹立たしい。

兵助が二人に向かって手裏剣を打てば、二人は驚いて地面を蹴った。そうだこれは授業だ、

「喋ってる暇があったら、かかって来い」

二人だろうが何人だろうが、相手してやる。そう意気込んだものの、さすがに二人を同時に相手にするのは骨が折れた。兵助は学年の中でも実力は抜きんでている。けれど心に余裕が無かったのか中々にいい勝負を見せたが、後に地に伏せることとなった。二人は兵助の持つ手拭を奪い、三郎を探すべく姿を消す。