日は雨天につき


「雨が好きだ」

鉢屋が不意にそう言った。長屋の縁側に腰掛け、外の雨を眺めながら部屋の中で机に向かう兵助に背を向けて。聞こえるか聞こえないかくらいの言葉だった。けれど兵助の耳には確かに届いた。兵助は何も言わなかった。すると鉢屋はもう一度「雨が好きだ」と重ねる。

「世界の声も、温度も、匂いも、全て消してくれるから」

私は雨が好きだ、と。鉢屋らしいと思った。そして、やはり自分とは相容れないなとも。

「俺は雨が嫌いだ」

ハッキリと、力強く兵助は言葉にした。鉢屋は振り返らず「へえ、何で?」と問う。

「三郎の声も、温度も、匂いも、全て隠してしまうから」

そう言うと鉢屋は目を大きく開いてこちらを見た。なんという間抜け面。雷蔵はそんな表情をしないぞ、と笑ってやった。

「それに、」

一頻笑った後、兵助はもう一度口を開いた。

「そんな風にお前が言うから、嫉妬するだろう」

すると今度は鉢屋が笑う。

「…可愛い奴め」