くて近い


授業中、ふと外に視線をやれば三郎が見えた。木陰に座り込んで、どうやら寝ているらしい。
(またサボってるのかあいつ)
ぼんやりと三郎の姿を見つめた。

三郎は掴めない。何を考えているのか分からない。捕まえていてもするりといつの間にか逃げてしまうような、そんな感じだ。行動がまったく読めないから不思議である。けれどそれよりも不思議なのは、三郎を捕まえたいと思っている自分自身にだ。

(でも三郎は捕まらない)

どれだけ近くにいたって、手を伸ばしても届かない。そっと手のひらを開いて、小さく見える三郎を手の中に納めてみる。こんなことをしても無駄だと分かっているのに。パッと手を開けばもうそこに三郎の姿は無くて。いっそ三郎が実態の無い存在なら、こんなにも俺がもやもやすることは無いのだろうな。



「へーすけー」

授業後、食堂に向かっていたら後ろから声をかけられた。振り返れば三郎がへらりと笑って手を振っている。

「今から飯?私も行こう」
「……」
「兵助?」

腕を突き出して三郎の胸元に触れた。三郎は不思議そうに首を傾げながら俺を見る。

「捕まらないから、捕まえたいって思うんだろうな」
「…は?」
「お前が真面目で、奔放としない奴だったらこんなこときっと思わない」
「…?」
「どうしたらお前を捕まえられるんだろうな」

こうやって簡単に触れられるのに。こんなにも近いのに、酷く遠く感じる。

「兵助は、私を捕まえたいのか?」
「…うん」
「何を馬鹿なことを」
「うるさい、分かってるよ俺が馬鹿なことくらい。お前を捕えて留まらせることなんて出来ないって、」
「違う違う」

三郎が含み笑いを零した。今度は俺が小首を傾げる。すると三郎は目を細めてゆっくりと口を開いた。


「とっくに捕まってる」

私たちに距離などないからお前は私との距離を測り違えるんだ、と。その瞬間、すとんと言い表せられない感情が俺の中に落ちてきた。これはなんだろうか、分からない。
とりあえず食堂に行って豆腐を食べようと、三郎と自然と並んで歩き出した。