を渡る


「ロマンがあると思わないかい?」

ベランダに寄りかかり空を見上げた鉢屋がそう言った。

「何が」
「一年に一度しか会えない恋人、だなんて」
「七夕の話か」
「ああ」

鉢屋はそっと手を空に伸ばす。そう、曇り空に。だから言ってやった。

「残念だが、夜は雨だぞ」
「らしいな、可哀相に」
「…大体あれはただの逸話だろう」
「なんで兵助はそういうこと言うんだよ、少しは感傷に浸ってやろうじゃないか。愛し合っているのに会えない、彦星と織姫に」
「馬鹿馬鹿しい」

ハン、と鼻で笑えば鉢屋は困ったように肩を竦めて見せる。

「そもそも奴らの場合自業自得だろう?互いに溺れて自らの仕事を放棄したんだから」
「それほどに愛の力が強力ってことだ。深い話じゃないか」
「どこが、薄っぺらいにも程がある」

愛だなんだと、自分のやるべきことを見失ってまで価値のあるものなのか。結果周りの人間を困らせただけじゃないか。そんな愚かな奴らに情が湧くわけがない。そう言えば鉢屋が「兵助は冷めすぎだ」なんて言い返してきた。俺が冷めてるんじゃない、周りが奴らの関係を美化しているだけにすぎない。愛に溺れるだなどと、

「愚かだ、と言い切れるか」

見やれば鉢屋が不敵に笑っていた。思わず眉を寄せる。

「愚かとしか言いようが無い」
「ならば兵助、俺とお前が一年に一度しか会えないのだとしたら、どうだ」
「はあ?それこそ、別に…」

鉢屋に会えなくたって死ぬわけじゃない、そう思っているのに。想像したらズン、と胸の内が重くなった。
俺が黙ったままでいたら、鉢屋が口元の笑みを深める。

「…彦星も織姫も、己らが愚かなことくらい分かっているさ。その愚かな行為すら愛しくなるほどに、愛してしまったのだろう」
「だけど一年に一度会えるっていうのは、神様の良心だろ」
「晴れた日だけ、だけどな」
「……」
「会えない日々が何年続こうと、それでも来年に期待して会えることを信じてまた一年を過ごす。それを何度繰り返したって想いが褪せない彼らの愛は本物だと言えるのではないか」
「そんな安直な考えは嫌いだ」
「…ハッキリ言うね」
「俺だったら、」
「うん?」

俺がもし、彦星か織姫だったら。

「会いたいと思ったら、どんな汚い手を使おうとも無理やり会いに行くけどな。そんな、神様が決めたルールになんて従わない」
「……さすが兵助」

惚れちゃいそう、だなんて言って鉢屋は再び空を仰いだ。奴が今どんな表情をしているか分からないけれど、顔が見えなくて良かったかもしれない。

(会いたいと思った相手に、鉢屋を想像しただなんて)

口が裂けても言えやしない。
俺は鉢屋の語る「愛」が大嫌いだが、鉢屋から向けられる「好意」は嫌いじゃないな、なんて。ぼんやりとベランダの外に広がる空を俺も見やる。そして柄にもなく、来年は晴れるといいと思った。