虫な君と僕


静かな夜だった。
六年生は実習で出て行っている上、夜明け前に近かったため学園にいる上級生たちも自主練に区切りを付けたからだろうか。

鉢屋は隣で眠る、彼の顔を覗き見た。いつも真っ直ぐに自分を見つめてくる瞳は厚い瞼に覆われ、その上を流れる睫毛に隠される。寝息は聞こえずまるで死んでいるようだと思った。
彼に触れた体温が未だ身体の中で燻っていると感じた。そっと彼の首元に触れれば温かい。ああ生きていた。当然のことながらぼんやりとそんなことを考える。こうして簡単に触れられる、彼だって私を受け入れる。それだけで答えが出ているようなものだが、如何せん自分たちの生きる世界はそう簡単なものではないようで。
どうしても彼に言いたい言葉がある。けれどその言葉はどうしても彼の瞳を通して伝えられないのだ。

彼は静かに眠る。眠ろうとする。
くつり、と思わず喉の奥が鳴った。私もお前も弱虫だな、と心の内で笑う。

「好きだよ兵助」

彼の髪を一房啄み、口付けた。
そろりと布団から這い出て音を立てずにその部屋を後にする。

静かに眠りについていた瞼がそっと開いた。鉢屋の触れた自身の身体に手を添えて、もう一度瞳を閉じる。

「俺もだよ三郎」

眠ってなどいなかった。彼とてその言葉を受ける度胸はなかっただけだ。
消えたもう一人の体温を惜しむように久々知は布団にぎゅっと身を丸める。

すきだ、と口の中で呟けば自然と顔に熱が籠ったような気がして言葉にならない唸り声を発した。