さよならを、するはずだったんだ。 学園を出てしまえば俺も三郎も敵同士で、いつか戦場で対峙することになる可能性だってある。その時に過去がちらついてしまえば意味が無い。だからこの気持ちにも関係にも別れを告げるつもりだったのだ。それなのにこの目の前の男は俺を捕まえて離さない。嫌だ、とまるで子供のように駄々をこねる。それが鬱陶しくて煩わしいはずなのに、俺の心はどこか安心したように安らいだ。 忍びは愛するものが少なければ少ない方がいい。愛自体俺は否定的なのだが、仮に愛を持っていたとしてもそれは足枷にしかならないと思っている。そう言ったら三郎は「それでいいじゃないか」と言った。 「纏わりついてくれた方が実感できる」 と、笑いながらそう言ったのだ。俺には理解できなかった。忍びとして生きるのに邪魔になるのなら切り捨てた方がいいと。そしたらあろうことかそいつは俺を「弱虫」呼ばわりしやがった。 「失うのが怖いから、捨てるのだろう」 まるで見透かしたようなその言葉に、ずんと心臓が押しつぶされたような感覚に陥った。怖くなんかない、とその場で言えなかった。そしたら三郎は子供をあやす様に俺の頭を撫でる。 「私は、捨てられようと追いかけるぞ」 「…迷惑だ」 「知ってるさ、ただの私の利己だ」 「愛が重い」 「それも知ってる。けど嫌いではないだろう」 「きっといつか後悔する」 「いいやしない」 「なんで言い切れる」 「己の中の確信に従えばいい」 言いながら三郎は俺の髪を撫で続ける。その三郎の手に、ひどく安心を覚えた。 「三郎はいいのか」 「ん?」 「俺で、いいのか」 「いいも何も、兵助でなければ駄目なのさ」 「三郎は馬鹿だ」 「じゃあ兵助は大馬鹿だな」 「うるさい」 さよならをするつもりだった感情はいつの間にか膨らんで、俺から離れなくなっていた。この選択は間違っているのかもしれない。それでも、これでいいと思っている自分がいる。 いずれ対峙する時や決別の時が訪れようとも、今この瞬間の時を思い出せばきっと懐かしむ気持ちくらいは生まれるのだろう。それが足枷として纏わりついたとしても、互いの枷になるのならば対等なのだから問題ない。だからもうしばらくはこの関係に甘えるとしよう。 くいなどない |