くるおしくもうつくしい | ナノ


兵助は綺麗だ。

何が、と言われれば出てくるものはたくさんある。見目で言えば、まずその大きな目。長い睫毛に覆われた下の、全てを飲み込むような黒の瞳。それと同じくして真っ黒な流れるような髪。触れて見れば意外と猫毛で可愛らしさを感じたのは記憶に新しい。それとさらりとした白い肌。若者には珍しい、ニキビ一つない肌をしている。
外見のみではない。内面的にも兵助は綺麗だ。忍びの汚さを知っている反面、命の重さと尊ぶ。優しさは持ち合わせていないように見せて、それと紙一重の感情に揺り動く。真っ直ぐで、ドロドロした想いを持ち合わせていない。

私はそれが、恐ろしい。
そっと、寝ている兵助の頬に指を添わす。じわり、と指越しに体温が伝わってほっとした。寝ている兵助は、まるで死んでいるようだ。このまま二度と目を覚まさなくても不思議ではない。けれどきっと、兵助は死しても美しいのだろう。それが、恐ろしい。

ふと、私の手を兵助の手が捕えた。

「…起きたのか、兵助」
「あまり寝れた気がしないな。そんな熱心に見つめられると」
「それはすまないことをした」

笑いながらそう言えば、兵助の手が伸びてきて私の頬に触れる。

「兵助?」
「三郎は、たまに変な顔をするな」
「…変とは失礼な」
「いや、変だ。可愛い雷蔵の顔が台無しだ」
「それは、言い得て妙だな」
「肯定する辺りお前の雷蔵への愛が伺える」

兵助が困ったように笑うから、頬に添えられた兵助の手を取ってぎゅっと握った。

「お前は、私からの愛は感じないか?」
「…痛い程感じるよ」
「それは良かった」
「けどお前はいつだって不安に満ちてる」
「…そうかもしれないな」
「何がそんなに不安なんだ、三郎」
「……」

何、と聞かれれば困る。私は兵助が好きで、兵助も私を好いてくれている。それだけで何もいらないとすら思うが、私も兵助も何れは忍び。いつまでもこの甘い箱庭にいられるわけじゃない。美しい世界が空想だと知っている。けれど私の手には今、美しい彼がいる。そんな彼が一際美しくなるのはいつだ、と考えて、きっとそれは散り際なのだろうと思いつくこの頭が恐ろしい。消えて欲しくないと願う反面、彼の美しさを求めるこの脳が。

「兵助、この世で一番美しいものはなんだと思う?」

問えば、兵助は小さく首を傾げた。

「謎かけか?」
「いいや」
「…そうだな」

視線をずらして、兵助は考える。何が美しい、彼のことだ「豆腐」だなんて言いだしても可笑しくはないと考えて小さく笑みを漏らした。そういったずれた思考がまた可愛らしい。そんな想像を繰り広げていれば、パッと兵助の視線が私に戻ってきた。そして口元に穏やかな笑みを浮かべる。

「三郎と一緒に見る景色すべて」

それが俺にとって何より美しいのだと、言った後に照れたようにはにかんだ。
ああ、やっぱり兵助には敵わない。自身の卑屈で弱気な想いを全て打ち消してくれるのだ。この汚い世界をものともしない。そんな兵助が、愛おしい。

身を屈めてその身を抱けば、優しく背に腕が回された。彼が美しくあろうとなかろうと、どちらだってか構わない。今ならば共に生にしがみ付いてやろうと、そう思ったのだ。


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