「線香花火ってさ、最後まで燃えきるまで落とさずにいれたら願いが叶うって言うよな」 ある真夜中、「花火をしよう」と兵助が突然人んちに押しかけてきた。初めは「何で俺だ」とか「面倒くさい」とか言ってあしらっていたが根負けして結局兵助と二人で花火をすることになった。 河原へ移動して男二人で花火を勤しむ姿は夏の蒸し暑さに勝る寒い光景だったかもしれない。けれど以外にも久しぶりにする花火は楽しくて綺麗で、これで夏の思い出が少なくとも一つは出来たのではないかと思った。 最後の締めに、と兵助が取り出したのは線香花火で、冒頭の台詞である。その言葉に俺は多少なりとも驚いたもので。 「兵助がそういった迷信めいたことを言うのは珍しいな」 「そうかもな、でも信じては無いよ」 「たまには信じてみたらどうだ」 「うーん。俺さ、線香花火得意だけど、願い事は叶った試しがないし。やっぱこういうのは信じられないな」 「ほう」 俺はどちらかといえば運命だとか迷信だとかそういった類のものは割と好きだ。面白い。 「ならば勝負しようか、兵助」 「勝負?」 「どちらが線香花火を燃え尽きさせられるか。落とした方の負けだ」 「ああ、そういうことなら、いいよ。言っとくけど俺強いから」 「俺も負ける気はないな。そして、願い事も叶う自信がある」 「願い事もすんの?」 「当然だろう」 「ふーん、いいけど」 兵助に線香花火を一本渡される。 「願い事は決まったか?」 「ああ」 「それじゃあ」 線香花火に同時に火を付けた。パチパチと静かに燃えはじめる。それを黙って見つめる兵助の横顔にそっと話しかけた。 「知っているか?線香花火には四つの段階があり、それぞれ名前が付いているんだ」 「いや、知らない」 「燃え始めが"牡丹"、そしてほら、激しくなった今の状態が"松葉"」 バチバチと火花を飛び散らせて燃える線香花火を二人で見つめた。次第にその火花も落ち着きを取り戻していく。 「この状態が"柳"だ」 「へえ」 そうやって話している間にも、互いの花火は落ちそうもない。ちらり、と兵助の顔を覗き見る。その大きな瞳は真剣に線香花火を見つめ、火花でキラキラと光っていた。それは自分の手の中にある光よりも、更に綺麗に映っているように思う。 「じゃあ最後の一段階は散り際か」 「ん?ああ、そうだ」 「もうすぐ終わるな。結局どっちも落としそうもないし、これじゃあ勝負には…」 「兵助」 「ん?」 答える兵助はこちらを向かない。けれど花火を見つめる綺麗な横顔に、思わず笑みが零れた。悪いが俺は負ける気は無い。 「兵助」 「だから何だ」 「好きだ」 「…え、」 弾かれたように兵助がこちらを振り返り、今度はその瞳いっぱいに俺を映す。大きく見開かれた瞳の中の俺の笑みが深まった。 「はい、俺の勝ち」 「は?え、…あっ!」 さっきこちらを振り返った衝動で兵助の線香花火がコンクリートに落ちた。俺の線香花火も勢いよ和らげ、直ぐに終わりを告げる。 「この終わり際が、"散り菊"」 「卑怯だぞ三郎!騙すなんて、」 「騙してなどいないさ、本当のことだ」 「な、」 「お前が好きだ兵助」 「ッ」 真っ直ぐに、兵助を見てそう言った。大きな瞳を何度は瞬かせ、今度は目を伏せる。伏せられた睫毛が長いなあとぼんやりと思った。 「三郎、俺をからかってんの?夜中に連れ出したから怒ってんだろ…」 「馬鹿を言うな。元より俺はお前には甘い。誰にだって甘いわけじゃない、お前だからこそ嫌でも甘くなるんだ。この意味、分かるだろ?」 「…そ、れは」 「で、兵助お答えは?」 「何が…」 「告白の返事」 「…」 兵助はちらりと俺を見て、また地面に視線を落とした。 「ずるいって、三郎…」 「ん?」 「このタイミングで言うとか、ほんとずるい」 「言ったもの勝ちだろう?」 「ッ…俺だって、お前が、」 好きだ、と消え入りそうな声が聞こえて。思わずその身を引き寄せ抱きしめた。 「ちょ、三郎…誰か来たら…!」 「暗くて見えやしないさ。そもそもこんな時間に早々出歩きはしないだろう」 「…それは、そうだけど」 「やはり、俺の願いは叶ったな。迷信はどうやら当たりのようだ」 「…願い?」 「初めに願ったのさ、兵助と想いが通じるようにと」 「……」 「当たっただろう?」 そう言って笑えば、兵助もどこか口元を緩ませた。 「残念だったな三郎」 と、そう言う。 「うん?」 「迷信は外れでもあった」 「…と、いうと…」 「俺も同じこと願ったもん。でも俺の花火は落ちたから」 「落ちたら叶わないというものではないはずだ…」 「はは、それは屁理屈っていうんだよ」 声を出して無邪気に笑う兵助が可愛くて、思わずその唇を啄んだ。 迷信を理由にしなければ踏み出せない、俺のなけなしの勇気がどうかばれませんように。 はなび |