ごそりと、乱暴に荷物を鞄へ詰め込んだ。しん、と静まり返っている部屋はとても寒い。ここであいつと共に過ごすようになってもう四年か、と思いを巡らせた。毎年気まぐれに買い換えられるカーペットに、煙草の匂いが染みついたソファー、これまた気まぐれにあいつが買ってきては増えるアンティークの数々。 兵助はそっと目を閉じる。そう、三郎と一緒に暮らし始めて四年の月日が経っていた。 高校を卒業した俺たちは同棲とやらを始めた。恋仲と呼ぶには幼い俺たちが、同じ時間を過ごし始めた。互いに大学へ進学したため、二人の大学から中間地点にあるアパートを借りて暮らし始める。当時は真新しい環境で、そう、浮かれていたのかもしれない。料理当番なんかを決めたり、気恥ずかしく思いながらも手を繋いで買い物へ行ってみたり。けれどその時間は紛れもなく幸せで溢れていたのだ。 それなのに、今はどうだろう。年を重ねるにつれ、互いに忙しい日々が続き丸一日顔を合わさない日だって珍しくなくなった。最近では三郎が深夜にバイトを入れるようになり、益々彼と過ごす時間は減っていった。 想いが、弱くなるような気がした。次第と一緒にいる意味を見いだせなくなった。このまま俺たちが共に過ごして、何になる?その先には何もないんじゃないだろうか。この冬が終わり春になれば、また新しい生活が俺たちに強いられる。そうなれば一層、二人の関係は蔑ろになるのではないか。それならば、もう共にあることは無いだろう。 手に持った鞄をぎゅっと握りしめた。深夜0時前。きっと外は寒いだろう。もしかしたら雪が降るかもしれないと天気予報で言っていたのを思い出した。バイトに行っている三郎は傘を持っていっただろうか、いや、確か玄関には傘が置いてあったはずだ。だとしたから三郎は雪塗れになって帰ってくることになる。帰ってきて、俺がいないことに気付いたら三郎はどうするだろうか。 きっと、何も出来ないのだろう。三郎のことだから、きっと受け入れてしまうのだろう。本当、弱虫な奴だ。 嗚呼、日が変わる。そろそろ行こう。立ち上がって、鍵を手に取った。ほんの少しだけの荷物を手に、靴を履いて玄関のドアノブを握る。がちゃり、ドアを開けたらひゅうと冷たい風が中に入ってきて、その瞬間目の前が真っ赤になった。ふわり、と香る匂い。 「…兵助?」 思った通り雪に見舞われて、鼻先を赤くしてドアの前に立つ三郎。彼の手には、真っ赤な薔薇の花束。 「こんな遅くに、どこか行くのか?」 「…三、郎」 三郎はそうだ、と笑ってその花束を俺に差し出す。 「ハッピーバースデー、兵助」 つん、と鼻先が痛くなった。 本当の弱虫は、俺だ。三郎がもう俺を好きじゃないかもしれないと、彼を疑って、逃げようとした。毎年誰よりも早く祝ってくれていたこの日も、今年はバイトに行ってしまったからきっと覚えていないのだと勝手に決めつけて逃げ出そうとしたんだ。 そんなはず、ないのに。想いが薄れることなんてないのに。確認するのが、怖かった。 「兵助」 抱きしめた三郎の身体は、とても冷たかった。だけどそっと抱きしめ返してくれたその腕は、とても優しい。それでも不安になるのは、目の前の男が好きで好きで仕方ないから。 「ありがとう、三郎」 俺は、もう逃げないよ。たった少しの時間でさえ、お前の傍にいたいから。 「なあ三郎、俺がお前から逃げたら、どうする?」 「追いかけるよ、そこが地の果てだろうとどこへでも」 了. ---------------------------- ちーさんリクエストになります! ほとんどが兵助独白な雰囲気文章になってしまいました、同棲描写を書けなくてすみません…! リクエストありがとうございました!ちーさんのみお持ち帰りOKです! |