ぬくもり | ナノ



「…えっと?」

兵助は疑問符を頭の上に乗せながらぽつりと呟いた。

授業の予習で行き詰っていた次の日、丁度委員会中に仙蔵が硝煙蔵を訪れたため勉強に付き合って貰えないかと駄目元で頼んでみたのが昼過ぎの話。意外にも快く承諾してくれた仙蔵の部屋へ兵助は夜になって訪れてみたのだが。

「ああ、久々知入っていいぞ」
「あ、はい、え?」

仙蔵の部屋には同室の文次郎だけではなく、他の6年生の姿も。しかも何故か鍋を囲んで。事態が把握しきれない。入り口で立ち止まったままの兵助仙蔵がおいでおいでとするように手招いた。不思議に思いながらも兵助は部屋の中へ入って扉を閉める。

「あの、何してるんです?」
「鍋だ!」

兵助の質問に真っ先に答えたのは小平太だった。いやしかし、それは見て分かる。聞きたいのは何故鍋をしているのか、だ。するとそれを悟ったかのように仙蔵が口を開いた。

「最近寒くなってきたからな、たまには鍋でもしようと前日から言っていたのだ」
「え、でも俺」
「別に人数が一人くらい増えても構わんだろうと思ってな。勉強は食べてからしようじゃないか」
「はあ、」
「ほら、座れ」

ぽんぽんと仙蔵が自分の隣の空いた床を叩いた。言われた通りにそこに腰を下ろした。よし、食おう!と小平太が箸を握る。どうやら兵助が来るのを待っていたようだ。そこから始まった奇妙な鍋。頂きます、という誰とも知れぬ掛け声を合図に皆が鍋をつつき始めた。



「どうしたの久々知、食べないの?」

伊作が箸の進まない兵助に対して首を傾げた。いえ、と答えながらもそう簡単に先輩たちと一緒に鍋をつつけるものじゃない。特に兵助はそういったものを気にする質だ。


「あっテメエ仙蔵!何貴重な肉ばっか取ってやがる!」
「私だけでは無いだろう、ほら小平太だって」
「お前いつの間に!」

皆の視線が小平太に注がれる中、仙蔵はほら、と自分の碗を兵助に差し出した。

「え?」
「いらんのか、豆腐もあるぞ」
「…有難うございます」

豆腐と聞いて一瞬パッと目が輝いた兵助は、おずおずと仙蔵からお椀を受け取った。肉と豆腐と、野菜もとバランスよく入ったお椀。順番に口に運べば、ダシの効いた旨みが口の中で広がった。ちらりと仙蔵を横目に見れば目が合ってドキリと心臓が跳ねる。頬杖を付きながらこちらを見ていた仙蔵は目を細めて笑った。その表情が、とても綺麗で。思わず箸を落としそうになったのは秘密だ。

六年生というのは、とても大きな存在だ。少なくとも兵助はそう実感していた。弱気な発言をするならば、学園にいる内に彼らを超えられる自信は無い。しかし目の前にいる彼らは忍者の卵とはかけ離れた普通の人間たちで、馬鹿みたいに言い争いながら鍋の具争奪戦を繰り広げる姿に笑いさえ零れた。

「まったく、うるさい奴らだ」

仙蔵が呆れたように、けれど笑みを口元に見せながら言う。

「そうは思わんか、久々知」
「…いえ、にぎやかなのは嫌いじゃないです」

同じように兵助も笑う。その笑みに、今度は優しく仙蔵は目を細めた。

「気負うことなど無い」
「え?」
「私たちとて人の子だ。壁にぶつかることも恐怖することもある」
「…」
「それで普通だ」

そう言って、仙蔵はまるで子供をあやす様に兵助の頭を撫でた。じわり、と胸の奥が温かくなるのを感じる。ああ、そうか。俺は不安だったのか。最近、勉強が思い通りにいかなくて、自分で思っている以上に切羽詰まっていたのだろう。それを、仙蔵に見抜かれてしまったのか。

(嗚呼情けない、でも、)

「わざわざ、あの後みなさんを集めてくださったんですね」
「…ほう」
「貴方たち六年生は、今の時期忙しいでしょう。鍋なんてしたくても出来ないはずです」
「そうでも無いがな。声をかければこうして皆集まる」
「…有難う、ございます」

周りの喧騒に掻き消されそうな声で、兵助は呟いた。俯いた頬はほんのりと赤い。自分の未熟さによる気恥ずかしさと、仙蔵の優しい気遣いに、鍋の温かさがひどく身に染みた。
仙蔵は満足気に頬を緩ませる。

「どういたしまして、だが」

私は、お前が素直に頼ってきてくれたことが嬉しかっただけだよ。そう口にすることはなく、未だに具の取り合いをしている文次郎らを押しのけて箸を鍋に突っこんだ。






了.






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みめろんさんのリクエストになります!
余裕のある仙蔵とちょっと不安定な兵助君、です。分かり辛くてすみません…!最近寒くなってきたし、お鍋囲んでたら可愛いなと思って書かせて頂きました^^
リクエストありがとうございました!みめろんさんのみお持ち帰りOKです!