三郎と小屋で過ごして数日、三郎が作ってくれる薬は良く効き、まだ痛みはあるものの普段の生活に支障はきたさなくなってきていた。だから、昼間三郎が外に出かけようとしているのをふと呼び止める。 「三郎、」 呼べば扉の前で足を止めて振り返った。 「どうした?」 「飯の調達か」 「ああ」 「俺も行っていい?」 「は…」 「もう普通に歩けるし、何か出来たらと思って」 言えば三郎は少しだけ考え、笑顔を見せた。 「飯を作る手伝いだけで十分だ」 「俺もずっと小屋にいるのは暇なんだよ」 「…山は危険が多いぞ」 「そりゃ、学園の裏山とは訳が違うだろうけど」 今度は、俺が笑う。 「いつからそんなに心配性になったんだ、三郎?」 探るように言えば、三郎は苦い顔をして再び笑った。 「私は昔から優しいだろう」 「そうだったかな」 「仕方ない、その代わり私の傍を離れるなよ」 「ああ」 着いて行ってもいいということだろう、上着を手に取って背を向けて小屋から出て行った三郎の後ろを追いかけた。案の定小屋を出てすぐ三郎は俺を待っていて、俺が出てきたのを確認すればまた歩き出した。その隣に並んで歩く。こうして、普通に歩いているだけの事が酷く懐かしく感じた。こんなにも、無防備に。…いや、三郎は常に周りに気を張っているような気がしたけれど、あまり気にならなかったというのが正しいだろうか。なんせ三郎は昔から視野が広く周りに気を配るような奴だったから。 「どこへ行くんだ?」 「この先に川がある」 そう言って三郎は手に持っていた釣り道具を見せる。今日は魚か、と夕食を想像してみせた。 三郎の言う通り少し歩いたところに川があった。歩調は兵助の怪我を気遣ってかゆっくりめだったがそれでも時間はかからないところだ。緩やかに流れる川、三郎は岩場に腰掛けて釣り道具を手に取った。見たところ釣り具は一つしかない。 「三郎、俺は何してたらいい?」 「何でも。…外に出たかったんだろ?」 「…」 「目の届くところにいてくれたら何しててもいいさ」 「本当に心配性だな」 くすりと笑ってみせれば、少しだけムッとしたのが面白かった。 「川へは入れるのか?」 「ここらは少し深いから止めた方がいい。それに、冷たいぞ」 「そうか?」 試しに足袋を脱いで足先を川へ入れてみた。ひやり、確かに冷たい。別に川に入りたかったわけではないが少し残念だ。仕方なく三郎の隣に腰を下ろす。そこで三郎が魚を釣るのをただじっとしながら見ていた。 「そういや皆で魚釣りしたこともあったな」 「ん?ああ、あったな」 兵助が懐かしむように言えば、三郎も頷いた。 「八左が異常に上手かったのが悔しかった」 「三郎やけに対抗してたもんな」 思い出したら笑いがこみ上げた。思えば三郎は変に負けず嫌いだったな、と。ぽんぽんと魚を釣っていく八左ヱ門と、それに負けじと対抗していた三郎。雷蔵なんかは中々上手く連れてなかったし、俺もそんなに上手じゃなかった。勘ちゃんなんかは勝手に魚焼いて食べてたなあ、なんて。 順調に魚を釣り上げていく三郎の横で昔に思い浸っていた。冷たい風が頬を打ち付け、ふるりと身震いする。ちらり、と三郎の横顔を見て、少しだけ距離を詰めてぴたりと体を寄せてみた。 「ん?」 「いや、寒くて」 妙に照れくさくなって俯いた。そしたらふわりと頭に何かが乗せられる。手に取ってみれば襟巻で、それがさっきまで三郎が巻いていたものだと気付いた。 「そんな薄着で来るからだろ」 「…急だったから」 言い訳がましく呟き、一応それを自分の首に巻いた。それだけで温かい。三郎に身を寄せたまま、目を瞑った。流れる川の音に擦れる落ち葉の音、水の匂い枯草の匂い。今この空間にあるもの全てが愛しく感じた。 今でも思い出される、学園生活。うっすらとではあるが、下級生の頃ですら未だに覚えている。懐かしいなあ。 「兵助、兵助」 名を呼ばれ、目を開ければいつの間にか日が陰り始めていた。どうやら寝てしまっていたようだ。三郎に凭れかかったままだったようで、ということは三郎はずっとその状態のまま居てくれたということだろうか。 「悪い、三郎」 「いや」 体を起こすと、三郎は立ち上がった。 「日が沈む前に帰るぞ」 そう言って、どこか優しく笑う。先に歩き出した三郎の後を追いかけた。 「三郎」 「なんだ」 「手、繋いでいいか」 「は?」 きょとん、と三郎が俺を見る。ほら、と手を差し出せば今度はその手をじっと見た。 「…なんで?」 「いいじゃん、学園に居た頃はよく繋いだだろ」 「記憶に無い」 「下級生の頃だったかも」 「ま、別にいいけど」 そう言って手を取られ、また歩き出す。 繋がれた手の温かみと、歩く度にくしゃりと鳴る落ち葉の音が心地よかった。小さな幸せが、今はただとても酷く尊く思える。 了. -------------------------------- 早倉さんリクエストになります! 数日、とのことでしたがたったの一日になりましたすみません!落葉の季節の番外編で、まだまだ距離感を図りかねてるそんな二人を想って書かせて頂きました。 リクエスト有難うございました!早倉さんのみお持ち帰りOKです! |