共存関係 | ナノ


「馬鹿、三郎やめろ」

ぐいっと髪の毛を付かんで自身から三郎を引きはがす。首筋に食らいついていた三郎は兵助を上目使いに睨み上げた。

「何で?」
「そんなとこ痕つけたら、見えるだろ」
「何で?」
「何でって、頭巾でも隠せない位置じゃん」
「そうじゃなくて、何で見えたら駄目なんだ?」

三郎は、わざと聞いているわけではない。本人は至って真面目に言ってるのだろうが、それがまた質が悪い。

「兵助、痕見られて困る理由でもあんの?」

今度は疑るような視線を向けてくる三郎に、思わずため息を吐きたくなった(けど吐いたら吐いたで面倒だから喉の奥に押しやった)。

「困らない、ただ恥ずかしいだけ」
「そ、」

ならいいな、と満足そうに笑って三郎は再び兵助の首元に唇を寄せた。

「…ッ」

まるで噛みつかれたような痛みに、兵助はぎゅっと目を瞑る。ああ、きっと凄く鬱血してるんだろうなと。けれど考えてもどうにもならないことだ。そう思って、諦めた。





翌日の朝、案の定見事に鬱血した痕を見ながら兵助は肩を落とした。同室の勘右衛門は自分と三郎とのことを知っているため同情されるくらいだが、他のクラスメイトたちは何も知らないのだ。変な方向へ勘ぐられなければいいのだが。

そんなことを思っていた矢先だ。実技中にクラスメイトが意味有りげな笑みを浮かべて近寄ってきたのは。

「久々知でも遊んだりするんだな」
「…は?」

突然そんなことを言われなんのことだと不審に思った。遊ぶ?俺は授業を真面目に受けている、と言い返してやろうとしたらちょいちょいと首元を指差された。一瞬何かと思ったが瞬時に理解する。そうだった。

「あ、いや、これは…」
「どこのお姉さんに付けられたんだ?ていうか町行くなら声かけろよな」

ガシッと肩を組まれる。いやいや、俺はそういうことはしていないと言いそうになったが、ならばこの状況とどう説明できると押し黙った。虫に刺された?余りにも言い訳臭い。本当のことを話すか?いいや、話せるわけがない。こう見えても自分と三郎のことを知っている人は少ないのだ。三郎は周りにも話したがっているが、兵助がそれを拒んでいた。それ自体三郎は不満があるようだが、今のところ何も言ってこないからいいのだろう。

結果、クラスメイトには適当に笑って誤魔化した。変な噂が広まらないことだけを祈ろう。



その日の授業を終えて委員会にも顔を出し、飯も食ったから風呂の時間まで予習でもしようと長屋に戻った。五年の長屋に着いた時、廊下の壁に凭れかかって何をするわけでもなく立っている三郎がいた。

「三郎」

声を掛ければ伏せられていた目が半分だけ開いて、ちらりと兵助を捕える。

「何してるんだ、…ッ」

近寄れば突然腕を掴まれて勢いよく壁に押し付けられた。無様にも打ち付けた後頭部が痛い、だなんて思ってる暇もなく乱暴に重ねられる唇。

「んっ…!!」

思わず動揺して三郎の肩を押したが、それが不味かったのか更に深く口付けられ吸い上げられる。けれど仮にもここは長屋で、いつ誰が通りかかっても不思議ではない。もし見られたら、と思うとどうしても抵抗してしまった。

「ッ三郎!!」

唇と唇の間に隙間ができた時、叫んだ。するとすっと唇は離されたが、切羽詰まったようなどこか恐ろしい瞳と目が合った。

「…三郎、」
「兵助は、何故私と恋仲であることを隠したがる」
「は、」
「それは私以外に好いた奴が出来た時の逃げ道か?」

三郎に強く掴まれたままの腕が痛い。突然何を言いだすのだ、と思ったけれど三郎がこうなることは初めてではない。

「違う、三郎。前にも言ったはずだ、俺たちの関係を隠すのは忍びとしてのことで、だってこれは三禁だろ」
「それがなんだ」
「…三郎、」
「そんな決まり事は上辺だけで、実は他にも関係を持っていたりはしていまいな」
「ッそんなわけあるはずが、」
「分かるものか。今日だってクラスの奴と仲良く会話していたではないか」
「それはッ」

何か言葉を発する前に、噛みつくようにまた口を塞がれた。強く強く深く、口内を貪られる。苦しい苦しいと、悲鳴を上げているのは俺か、それとも。




「…いっそ、」

唇を解放されて、三郎がぽつりと呟いた。

「いっそお前を誰の手にも触れさせないところに繋いでおければいいのだが、」
「…さぶ」
「それが出来ないのは分かっているさ」
「……」
「私から離れてくれるな、兵助」

ぎゅう、と抱きしめられる。三郎は不安なのだろう、どれだけ言葉で繋いでもそれが脆いものだと知っている。だから見えるもので繋ぎとめようとするのだ。そっと、自分の首に触れる。そもそも、この痕のせいで今日は声をかけられたというのに。言っても信じてくれないのだろう。ていうか何で今日のことを知っているんだ。また自分の授業をサボってこちらを見に来ていたのか。それは仕方ないとして、クラスの友人たちと話をして何が悪い。何も悪くないだろう。けれどこの男は、自分で言うのもなんだが、恐ろしい程に俺に執着を見せているから面倒なのだ。



「兵助には私だけがいれば良い」

耳元で囁かれた言葉。いつか三郎は俺の周りの人間を全て殺してしまうんじゃないだろうか。本当に有り得そうで思わず身震いした。まるで、そう、狂ってる。三郎は危険だ、そう思うのに。


そっと腕を三郎の背に回した。


「三郎が望むなら、いいよ、そう在ってやるよ」

三郎が望むなら、良い。俺の周りの人間全てが三郎によって殺されてしまったとしても、三郎がいるのならば、

「三郎には、俺しか居ないんだから」

その狂いすら、愛おしい。








了.






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嘉南さんのリクエストになります!
病んでる鉢屋と振り回される久々知にしようと思ったら心なしか久々知も狂いました。趣旨が違ってしまった気がしますが、良かったでしょうか…。
リクエスト有難うございました!嘉南さんのみお持ち帰りOKです!