陽だまり | ナノ


昼過ぎに目が覚めた。けれどまだ仕事の準備にかかるには早い、もう一度寝ようかと目を閉じたが眠くなることはない。兵助は仕方なく体を起こした。一度伸びをし、外を見れば良い天気だ。庭でも歩いてこようかと私服に着替えて部屋を後にする。



「…あれ?」

長屋の一階に下りて庭に面している縁側にやってくれば、先人がそこに座っていた。この時間帯起きている者は店の経営者側の人間がほとんどで、男娼が起きていることは少ない。けれど彼は経営者でも男娼でもなく。

「鉢屋」

声をかければ、どことなく不機嫌そうな顔がこちらを向いた。

「…平気で私の名を呼んでくれるな、今は雷蔵だ」
「ああ、悪い」

確かに、鉢屋の存在を知る者は店にほとんど居ないらしいからバレたら不味いかと遅くも口を押さえた。鉢屋は普段から雷蔵の姿を借りているが、今日はどうやら替わりをしているようだ。
鉢屋の横に並び座って、こそっと話しかける。

「雷蔵はどうしたんだ?」
「…風邪」
「へえ、大丈夫かな」
「看病をすると言ったら追い出された」
「……」

ああ、だから不機嫌なのかと自己解決。不貞腐れた様子の鉢屋があまりにも人間らしくて、失礼な話少し面白かった。


チカチカと視界に入ってくる太陽の光が眩しい。

「そういや、こんな時間に鉢屋に会うのって珍しいな」
「まあ、大体寝てるし」
「なんか、日の下でお前を見るのって変な感じだ」
「…私は幽霊か何かか」

不愉快だと言わんばかりにそう言った鉢屋だったが、ぼそりと「余り変わらんか」と自嘲するように笑ったのを兵助は見逃さなかった。厭味で言ったわけではないのに、と思いつつも否定したらそれまたわざとらしいから止めておいた。

兵助は立ち上がり、庭に下りた。まるで金持ちが住む屋敷の庭園のような場所だ。実質同じようなものなのだが。庭には椿の花が多数植えられており、池もある。

「暖かいなぁ」

ゆっくりと庭を歩いた。池に掛けられた石橋の真ん中で立ち止まり、しゃがみ込んで池の中を覗き込んだ。ゆらゆらと水面に写る自分の姿と青空。彩色豊かな鯉が自由に泳ぎまわっていた。(お前達も、敷居の中で泳がされてるんだな)

そっと、目を閉じた。聞こえるのは、風が木々を揺らす音と鳥の鳴き声。ああ、これが聞ける内は幸せなんだなとなんとなしに思った。

ぱっと、目を開ける。その時水面に写った自分と、その後ろにもう一人。

「ッ…!」

突然背後に現れた鉢屋に驚き、振り返ろうとしたらバランスを崩した。そのまま、池に落下する。

「わっ…」
「は、ッ馬鹿!」

ぐいっと腕を掴まれたが間に合わず。鉢屋もとろも池の中に飛び込んだ。



「……お前なあ…」
「…ごめん…」

俺を庇う様に池に落ちてくれた鉢屋だったが、どっちみにお互いびしょ濡れなわけで。それでもしっかり俺を抱きしめてくれた鉢屋を、優しい奴だと思った(きっと俺がここの男娼だからなんだろうけど)。

鉢屋から離れて、浅い池の中立ち上がる。水を吸った着物が異様に重かった。出来れば上だけでも脱いでしまいたかったが、この店には確か女人の使用人もいたし、なにより明るみの中で他人に体を見られるのが嫌だった。仕方なく重い着物を引きずって岸に上がると、その後鉢屋も同じように地面へと立った。

「…本当に悪かった」
「別にいい、気配を絶って近付いてしまった私も悪い」

ぎゅう、と着物を絞りながら鉢屋は言う。そりゃ鉢屋は忍びなんだから、気配を殺すのなんて当然なんだろうけど。

「立花さんに言って風呂沸かして貰うから、仕事前に入っておけ」

そう言って兵助の頭をぽんぽんと叩き、鉢屋は裏口の方へと歩いていった。けれど少し離れたところで立ち止まり、振り返る。

「お前まで風邪を引くなよ」

意地悪く、笑った。お前こそ、と言ってやりたかったがどうにも風邪を引くような人間に見えない。やはり俺はあいつを幽霊かなにかと同一視しているのだろうかと思った。





了.



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心さんのリクエストになります!
箱庭の番外編、ということで本編に余り無い明るい話を書きたくて書かせて頂きました^^ほんの日常の一部、といった感じです。
心さんリクエストありがとうございました!心さんのみお持ち帰りOKです!